2006年05月01日

氷菓が好きなセファリック

『夏期限定トロピカルパフェ事件』に続き、またまた米澤穂信の作品です。

米澤穂信『氷菓』

この作品も高校が舞台です。
この作品の主人公のモットーは「小市民」ではなく、「省エネ」です。
やらなくてもいいことはやらない。
やらなければいけないことは最小限に。
まっ、エネルギーを消費することはすなわち老化につながるので、長生きしそうな生き方ですね。

またまた妙なモットーを持った主人公ですね。
薔薇色ではなく、灰色の高校生活を送ろうとしているわけです。
ただ、この作品の主人公のホータローが『春期限定・・・』の主人公小鳩君と違うのは、同志がいないことです。
ホータローには同志の代わりに、引っ張り役となる千反田えるがいます。
省エネにのっとって部活などには入ろうとしなかったホータローですが、なぜか世界をまたにかける姉の指令でつぶれかけの古典部なる部活に入部することになります。
そこでであったのが千反田えるです。
実際に大金持ちの娘で、深窓の令嬢といった風貌の千反田えるですが、実はものすごい好奇心の持ち主です。
その好奇心に引っ張られて、千反田えるが省エネをモットーとするホータローを推理に駆り立ててくれるドライビングフォースとなるのです。

そんなこんなでホータローは、密室となった教室の謎を解いたり、図書館で毎週借りられる本の謎を解いたりします。
それが前フリとなって、ホータローは千反田えるに見込まれて、彼女のおじと古典部の部誌『氷菓』にまつわる謎を解いてくれるよう頼まれます。

このメインの謎、一応の解決がホータローから提示された後、もうひとひねりあります。
このひとひねりが米澤穂信のうまさを如実に現していますね。
ただの視点の転換なのですが、見える風景がガラッと代わります。
うまいですね。
小生は、もうちょっと大きなどんでん返しがあるのかなと思っていたのですが、その期待は見事に裏切られました。
ただの視点の転換なのに、大きなどんでん返しに十分匹敵するような効果がありました。
もう一回言います。
うまいです。

うーん、これははまりますね。
続編の『愚者のエンドロール』もさっそく読んでみようと思います。

4044271011氷菓
米澤 穂信
角川書店 2001-10



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2006年04月29日

夏期限定セファリック

先日読んだ『春期限定いちごタルト事件』の続編『夏期限定トロピカルパフェ事件』の感想です。

前作から引き続いて、小市民なるもをめざす2人の高校生、小鳩君と小山内さんの物語です。

前作を読んで、面白いんだけどミステリとしてはイマイチかな、と思ったのですが、近作はミステリとしてもかなりの出来だったと思います。
特に、1編目の「シャルロットはだけぼくのもの」はかなり面白かったです。
初めから犯人がわかっている倒叙というジャンルに分類される作品でしたが、その醍醐味をフルに生かしたいい作品でした。

個々の作品のクオリティも高いのですが、それが全体として1つの作品を作るとき、また1つクオリティが高くなります。
この作品、体裁は前作と同じで連作短編集という形ですが、章立てになっていることから分かるように、実は長編的な作品です。
第1章から巧妙に張り巡らされた伏線が終章で一気に生きてきます。
小生、そこまで深く考えていなかったので、見事にやられましたね。
小鳩君が約束を破って謎解きをするのを、小山内さんがうれしそうにしていたのは、小山内さんも約束を破るつもりなのかなぐらいに考えていたのですが、理由はもっと深いところにありました。
見事にやられました。

そんなこんなで衝撃のラストを迎えたこの作品ですが、今後はどうなるのでしょう。
小生は漠然と、春夏秋冬で今回は夏だから、起承転結で行けば承と言うわけで、あまり大きな展開はないのかと思っていたのですが、いきなり転ぐらいまで行っちゃいましたね。
順当な流れなら、このまま秋・冬と続くのでしょうが、それならこの展開は秋に持ってくるほうが絶対に面白くなると思うんですが・・・。
まぁ、小生には思いつかないようなびっくりの仕掛けが次回以降あるのかもしれませんね。

もしかしたら、このまま余韻を引きずって夏で終わりと言うのもありえなくはないかな〜。

4488451020夏期限定トロピカルパフェ事件
米澤 穂信
東京創元社 2006-04-11


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2006年04月25日

オシムの言葉だセファリック

『オシムの言葉』ようやく読了です。
サッカーJリーグ、ジェフ市原・千葉の監督イビチャ・オシムについてのスポーツノンフィクションです。

とてもいい読書になりました。

ミステリー読みの小生としては少し遺憾ですが、今年最高の読書になりました。

そんじゃそこらのエンターテイメント小説の何倍も面白かった。

ただでさえ面白いオシムのサッカー哲学を縦糸に、またそのサッカー哲学からうかがうことができる深い人生哲学の根底に横たわるユーゴ問題を横糸に絡めながら、イビツァ・オシムと言う希代の名監督を描き出しています。

小生がジェフ好き・オシム好きであることを差し控えても、この本がすばらしいことは掛け値なしです。
サッカーに興味がある人はもちろん、興味がない人が読んでも絶対楽しめます。
そして、サッカーに対する考え方が変わります。
最近のサッカーは、スター選手ありきのサッカーであるような気がします。
日本でも、本場欧州でもそうだと思います。
いかにお金を出していい選手を買うか。
その選手をいかに使うかと言うことはあまり注目されないような気がします。
マスコミにおいてはこの傾向はすごく顕著だと思います。
W杯の前だから余計かもしれませんが、ナショナルチームの代表選手ばかりがピックアップされ、ひいてはその選手がいるチームがピックアップされます。
もちろん、それがダメだと言うつもりはありません。
もちろんサッカーをする上でタレントはとても重要なものであることは間違いありません。
でも、やっぱりサッカーと言うのはチームありきのものじゃないかと思うのです。
魅力あるサッカーをするチームと言うのは、やっぱりチームとしてのコンセプトがしっかりあって、きれいに統率されたチームだと思うのですよ、小生は。
今のJリーグで言えば、ジェフはもちろんですが、川崎フロンターレなんかはその典型だと思います。
代表クラスの選手はいません(ジュニーニョなんかは代表クラスだとは思いますが)が、すごくいいサッカーをしています。
その対極にあるのが、一昔前のサンガだったり、ビッセル神戸だったり。
明らかにタレントありきのチームでしたね。
それではやっぱり結果は残せないんですよ。

そういう意味で、オシムはチームとしての統一感をとても重視します。
例えば、オシムのチームにロナウジーニョが加入することになったとして、もし、あくまでも「もし」ですよ、ロナウジーニョがオシムのコンセプトに合ったプレーができないなら、きっとオシムはロナウジーニョでも使わないでしょうね。

そのチームとしてのコンセプトの統一の結果、オシムが指向するフットボールがチームに浸透して、ジェフは数年で優勝候補に挙げられるようなチームになります。
ジェフの試合を見ると、面白い試合は本当に面白いです。
今年で言うならば、負けはしたものの鹿島戦なんかはかなり面白かったです。
みていてかなり興奮しました。

ここで小生がオシムのフットボールの面白さについていくら語っても伝わらないと思うので、実際に1回見てみろ!と小生は言いたいですね。

そんなこんなで、『オシムの言葉』めちゃくちゃ面白かったです。
読んでる間、鳥肌立ちっぱなしです。
読んでいると、「これはいい言葉だ。ぜひブログで紹介しよう」と思う部分が出てくるのですが、逆にそんな部分がたくさんありすぎて、紹介し切れません。
そんなのをいちいち紹介していたら、いくら書いても書ききれないでしょう。
それなら、そんなめんどくさいことは書かずに、一言で終わらせようと思います。

おもしろいから、とにかく読め!

オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える
オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える木村 元彦

集英社インターナショナル 2005-12

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2006年04月21日

寝ずの番をするセファリック

中島らも『寝ずの番』

らもさんが亡くなって、どれくらいになるでしょうか。
亡くなる前から、読もう読もうと思いながらも読めていなかった中島らもの作品をやっと読みました。

高校生の頃に友人に薦められたとき。
らもさんが亡くなったとき。
らもさんの本を手に取る機会は何度かあったはずなのに、なぜか読んでいませんでした。
なぜか手が伸びなかったんですよねぇ。
それが今回は結構すんなり手が伸びました。
と言うことで読みました。

面白かったですよ。
ユーモアのセンスもあるし、発想もユニークですし。
中島らもにしか書けないだろうなという感じがしました。
収録作品の「仔羊ドリー」なんてすごいですよ。
クローン問題をこんな面で切り取って表現する人がいるんだと小生びっくりです。
まぁ、好みに合うかどうかはともかくとして、稀有なセンスの持ち主であることは間違いないでしょう。
こう言っては何ですが、最近の作家さんは個性がないというか、誰が書いても同じような作品になりそうな人が多いと思います。
この作品は、こいつにしか書けない!みたいな人が少ないと小生は思うのです。
そういう意味では、やっぱり惜しい人を亡くしましたねぇ。

あと、読みながらふと思ったことですが、雰囲気的に中島らもとリリー・フランキーは結構似ているのではないかなと。
とは言っても、小生、中島らもを読むのはこれがはじめて、リリー・フランキーはエッセーを1冊読んだだけなので、確信はまったくありませんが。
どこが似ているか聞かれてもうまく答えられません。
なんとなくなんですよ。
まぁ、どっちでもいいんですが。

そう言えば、さっき高校生の頃に友達に薦められたと書きましたが、どの作品を薦められたかさっぱり覚えてないんですよ。
確か、おじいさんが冷蔵庫に入って、ブードゥー教で即身成仏とか、蘇えるとかそんな感じのことを言っていたような気がするんですが・・・。
誰かどの作品か知りませんか?

4062732793寝ずの番
中島 らも
講談社 2001-10



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2006年04月20日

町長選挙のセファリック

読みましたよ、奥田英朗『町長選挙』。

『イン・ザ・プール』、『空中ブランコ』に続く精神科医伊良部シリーズの最新刊です。

素直に面白かったです。
相変わらず伊良部の魅力全開という感じです。
癒されます。

その一方で、ちょっとハラハラもしました。
とは言っても、別に想像を絶する展開が待っていたとか言うわけではないのです。
どこにハラハラしたかと言うと、患者さんのキャラクターです。
表題作の『町長選挙』を除けば、某有名人をモチーフにしていることが明白なのです。
『オーナー』では某新聞社の元会長かつ某在京人気球団の元オーナー。
『アンポンマン』では、その言動とキャラクターで物議をかもしつつも一躍時代の寵児となったはいいが、結局は転落してしまった某IT企業の元社長。
『カリスマ稼業』では宝塚歌劇団出身で、40を過ぎた今もその美貌を保ち主婦のカリスマと呼ばれ、CMにドラマに引っ張りだこの某女優。

こんなにあからさまに書いちゃっていいのでしょうか。
しかも、実際にあった事件(と言うか出来事)をモチーフに書いています。
訴えられたりしないかと小生ちょっと心配です。
まっ、でも悪く書いたりはしてないので大丈夫なのでしょう。

それにしても、奥田英朗という人はほんとにすごいですね。
いくら自分なりに脚色しているとは言え、実在するある人物の内面を書ききってしまうわけですから。
自分が作り出したキャラクター、例えば伊良部とかなら自分が好きなように書けばいいわけです。
伊良部のようにどんなに無茶苦茶でも許されます。
しかし、現実にモチーフがいたらそうは行きません。
ある程度は、読者に「リアリティ」なるものを感じさせなければいけないでしょう。
その人物の核となる部分で「この人は絶対こんなことは言わないし、しない。」と言うようなことは書けないわけです。
これは本人にインタビューしたりして内面を覗かないとかなり難しいでしょう。
しかし、奥田英朗はそれをやってのけています。
たぶんインタビューなんかはしてないでしょう。
しようとしてもたぶん相手が了承してくれないと思います。
それなのに、文章を読んでみると違和感なく読めます。
確かに、結末なんかは物語りにカタルシスを与えなければいけないわけで、モチーフのキャラクターからはちょっと離れていると思います。
とは言え、大筋では「こんなこと考えてそう」と思ってくすっとしてしまいます。
違和感なく描かれすぎているので、この作業はそんなに難しいことじゃないんじゃないかと思ってしまいそうになります。
でもやっぱりかなりの難易度でしょう。
そんなことしろっていわれても並みの人間にはなかなかできませんよ。
少なくとも、小生には無理です。

特に『カリスマ稼業』はすごいですね。
相手は女性、しかも大女優ですよ。
どうやってその内面を推し量って描けと言うんですか。
小生は読んでいないのですが、『ガール』の書評を読んでみると、主人公の女性がすごくうまく描けていて、「奥田英朗、お前は何者だ」みたいなことを書いていましたが、今回もそんな感じでしょうか。
まっ、もしかしたらただ単に自分が書きたいように書いているだけなのかもしれませんが。

全体としての感想を書くと、ちょっと治療色が薄れたかなと言う気はしなくもありません。
つまり、伊良部があんまり治療をしていないと言うことです。
まぁもともと伊良部はまともな治療をしていませんが、それでもあるビジョンを持って何らかの行動をしていたと思います。
今回は、伊良部のおかげと言うよりは患者さん自身の力で克服していたような気がします。
今までに比べて、患者さんの痛々しさみたいなものがあまり感じられなかったからそう思うのかもしれません。
表題作の『町長選挙』なんか、伊良部は治療らしいこと何もしてませんから余計そう思ってしまいます。
とは言え、やっぱり患者さんは伊良部のキャラクターに癒されているわけで、やっぱり伊良部の治療なのかなとも思います。
とにかく、伊良部が面白いのでそれでいいのです。

小生が一番爆笑したシーンは、2篇目の『アンポンマン』で、ひらがながとっさに思いつかなかった患者さんが「ごはん」と書いてと言われて「ごすん」と書いてしまったシーンです。
爆笑しました。

ちなみに、この患者さんの症状を伊良部は「若年性アルツハイマー」とか言っていますが、これは伊良部のウソだと思われます。
アルツハイマーなら伊良部が治せるはずありませんから。
これはただ、ひらがなを使わなかったことですっかりど忘れしてしまっただけでしょう。
小生も「ぬ」と「む」がどっちだったかよく分からなくなってしまうことがたまにあります。
ほんとにたまにですよ。

4163247807町長選挙
奥田 英朗
文芸春秋 2006-04



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2006年04月19日

町長選挙とセファリック

例のごとく、今日も本屋をぶらぶらしていたら、偶然にも見つけてしまいましたよ。

そう、奥田英朗『町長選挙』ですよ。
そう、精神科医伊良部シリーズの最新作ですよ。
これが読まずにいられますか。
実は米澤穂信『夏期限定トロピカルパフェ事件』なる文庫を探しに行っていたのですが、そんなのもうどっちでもいいですよ。
気づけば小生『町長選挙』を持ってレジに並んでいました。

今日ぐらいから『オシムの言葉』を読もうと思っていたのに、またまた持ち越しです。
オシム監督、勘弁してください。
近いうちにきっと読みますから。

『町長選挙』、さわりの2編を読みましたが、やっぱり面白いです。
また読み終わったら感想を書くので、乞うご期待。

4163247807町長選挙
奥田 英朗
文芸春秋 2006-04



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2006年04月17日

春期限定セファリック

先日、片山若子さんのデザインで手に取った米澤穂信の『春期限定いちごタルト事件』ですが、結局買ってしまいました。
半分表紙買い、半分内容買いです。
小生がよく見ている読書ブログでなかなか評価が高かったので読んでみることにしました。

結論から言うと、結構面白かったです。
初めて読む作家さんだったのですが、まあまあ小生の好みに合うのではないかという感じです。
最近で言うと古川日出男、ちょっと前で言うと舞城王太郎とか伊坂幸太郎とか乙一、むかしで言うと北村薫をはじめて読んだときみたいに衝撃は受けませんでしたけどね。
まっ、それに準ずるくらいでしょうか。

何と言っても、設定が面白いです。
主人公の2人の高校の合格発表から物語が始まります。
この2人、無事合格します。
おめでとうおめでとう、ということで「キミ達の高校での抱負は?」と聞くと、帰ってくる答は「立派な小市民になること」。
友達をいっぱい作るとか、部活をがんばるとかなら分かるんですけど、小市民になるって言うのは・・・。

ずいぶんと謙虚な目標ですねぇ、と思いきや、これがなかなか難しい。
目立たずに生きようとするにもかかわらず、なぜかこの2人は事件に巻き込まれて、その謎解きをする羽目になります。
序盤は、なぜこの2人が小市民を目指して生きるのかの理由がはっきりとしなくて(結局全部読んでもイマイチはっきりしませんが)ちょっと気持ち悪いですが、必死に小市民を目指そうとする姿勢に笑えます。
頭の中で必死に小市民ならこんな時どうするかを考えながら行動しています。
結局何か目立つ行動を起こすことになっても、何か「小市民的な」理由をこじつけることによって、その行動を正当化します。
その徹底振りはまさに小市民のカガミと言いたいところですが、結局首を突っ込んじゃっているので小市民失格ですけどね。
この首を突っ込みたがりの性格が災いして、目指す小市民への道のりはまだまだ遠いといった主人公です。

ところで、「小市民」っていったい何なんでしょうか?
と言うか、小市民と呼べる人なんて、本当にいるのでしょうか?
大きな視点で見れば、小生はどこに行ってもあまり目立たずおとなしく生きている人間だと言えるでしょう。
しかし、もっと視点を狭めていって、個々の人間との関係性を見るとやっぱり小生も特有のキャラクターを持った人間であって、とてもじゃないけど小市民なんて言えません。

主人公2人にしても同じようなものです。
いくらキャラクターを消そうとしても、土台無理です。
むしろ消そうとすることによってまた別のキャラクターが生まれたりします。
例えば、主人公2人の関係性です。
主人公2人はお互いを小市民としての言い訳にするために恋人的な関係を演じています。
文中の言葉を借りれば、「お互いを盾にする互恵関係」だそうです。
都合の悪いときは相手の名前を借りて逃げるわけです。
この小市民的道具も、見方を変えればキャラクターになります。
例えば、恋人が欲しいのにいない人から見れば、恋人がいると言うことは立派なキャラクターです。
例えそれが見かけだけの物であってもです。
さらに分かりやすいのは、主人公2人のうちどちらかを好きな人がいたときです。
これはもう、羨望とか嫉妬とかを生むには十分なキャラクターです。
それで恋の鞘当なんかが始まったら、小市民が笑って逃げていきますね。
結局何が言いたいかと言うと、その人のキャラクターを判断するのは結局は他人なわけです。
自分がどうこうできることではないのです。
小市民として生きようと思っても、無理なものは無理なのです。
実際、主人公も友人に引っ張られていろいろ首を突っ込まされてるわけですし。
小市民として生きるなんて夢は金輪際捨てて、自分の分相応の生き方をするのがやっぱり一番でしょう。
小市民が分相応ならそう生きればいいですが、それが無理な人もいるわけです。
ちょっとトラウマがあるからと言って、自分のキャラクターは捨てられません。

この物語もどうやら続編があるようですが、主人公がいかにトラウマと向き合い、自分のキャラクターに相応の生き方を見つけられるようになるかが楽しみです。
間違っても、ラストが「立派な小市民」になれた。バンザーイ。とかにはして欲しくないですね。

無駄話が長くなりましたが、最後にこの作品のミステリ的要素についてちょっと書いておきましょう。
ミステリ的な要素について作者の非凡な才能は感じます。
ただ、ちょっと粗いかな〜という気はしなくもありません。
なんと言うか、「別の可能性もあるのでは?」と思わせる隙があるんですよ。
特に絵の事件はそう思いました。
小生、読みながら、絶対あの絵はラブレターに違いないと思っていました。
まっ、見事にはずれだったわけですが、うまくつじつまを合わせれば、ラブレターだったとしても論理的な矛盾は生じないと思うのです。
ココアにしてもそんな感じです。
小生、たまにココアを飲みますが、小生は初めにココアパウダーをミルクではなく少量の熱湯で溶きます。
この方法だったら、スプーンしかシンクに残っていなくても何の問題もないはずです。
こんな感じでちょっと論理として弱いかなという気がしました。

ジャンルとしては北村薫からの「日常の謎」に分類されると思うのですが、このあたりはやっぱり開祖には勝てないかなという感じです。

ライトで読みやすいコミカルな探偵物語。
とは言っても、中身は文中に出てくるケーキほど甘くはないので、甘めの話が苦手な人も面白く読めると思いますよ。

4488451012春期限定いちごタルト事件
米澤 穂信
東京創元社 2004-12-18



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2006年04月16日

待ち伏せされるセファリック

小生、読書は好きですが、読むのはほとんど小説です。
たまーに、好きな小説家のエッセイを読んだり、興味を惹かれたノンフィクションを読んでみたり、新書の教養系の本を読んだりもします。

今回ここで感想を書くのも、そんなマイナー部類に入る本です。
そういえば、前回の『とるこ日記』も小説じゃないですね。
結構読んでいるではないかというツッコミが入りそうですが、そこは偶然です。

で、結局今回感想を書くのは

北村薫『詩歌の待ち伏せ1』

あれ、『あらすじで読む古典落語』じゃないの?
『オシムの言葉』じゃないの?
と思った人は勝手に小生のブログの愛読者に認定しましょう。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いないかもしれないですけど。

実はこの本、買ったのは確か3月の初めくらいなのです。
それから、ゆっくり読むこと1ヶ月。
先日やっと読み終わったのです。
エッセイや評論はまとめて読まなくてもいい分、ついちょっとだけ空いた時間、例えば待ち合わせに早く着いてしまったときとか、電車とかバスの待ち時間だとかに読む用の本になってしまうのです。
こう、気合を入れて時間を取って読まないので、なかなか読みきれないのです。

長らく小生のかばんのお供だったこの本も、ようやく本棚に戻れてほっとしているでしょう。

で、肝心の内容ですが、とてもよかったですよ。
著者の北村薫が、思わぬ場面で「心躍る待ち伏せ」を受けて、「心を捉えられた」詩句について書いたエッセイ風評論です。

北村薫といえばミステリー作家として有名ですが、文学についての博覧強記さも有名です。
ただ博覧強記なだけでなく、その文学的鑑賞センスもすばらしいものがあります。

小生、本はたくさん読みますが、「詩」というものが苦手です。
言ってみれば「詩」というものを鑑賞するセンスがまったくといっていいほどないのです。
学校のテストでも苦手でしたし、ただ読むのでも何か苦手意識があります。
詩のよさが分からないというのとは少し違うのですが、何かダメなんですよねぇ。
そんな小生にとって、北村薫の詩を鑑賞するセンスはうらやましいのひと言に尽きます。
同じ詩を読んで、これほどまで感じることが違うのかと驚嘆してしまいます。
小生にも、北村薫のような詩のセンスが欲しいです。
うらやましい、いやむしろ憎い。
いえいえ、ウソですよ。
北村薫大先生を憎いなんて、そんな大それた。
うらやましいのは本当ですが。

とにかく、そんな憧れとも嫉妬ともつかないような感情も相まって、とてもいい読書になりました。
例えるなら、美術館に行って、とても親切で優秀な学芸員の方が一つ一つの絵に対して、その絵との出会いやその絵に対する思いなどを丁寧に語ってくれるようなものです。
小生の詩の鑑賞レベルも少しはアップしたでしょうか。
たぶんアップしたつもりなだけで、してないでしょうね。

そういえば、小生もこの本の中である詩に待ち伏せされていましたよ。
十四章で東京のしりとり歌を取り上げている部分で、「咲いた桜になぜ駒つなぐ、駒が勇めば散る」と出てきます。
小生これを読んで、どこかで聞いたことがある歌だなあと思って記憶を探ってみました。
なかなか思い出せなかったのですが、しばらく考えてようやく思い出せたのです。
小生のバイブルと言ってもいいくらいの愛読書、司馬遼太郎『竜馬が行く』に出てきたのです。
確か、竜馬の同志の誰かが殺されたのを聞いた竜馬がこの歌を涙ながらに歌うのです。
確か山内容堂に対する怒りを込めていたような気がします。
むかしは1年に1回くらい読んでいたのですが、最近はあんまり読んでいないのでうろ覚えですが。

とにかく、これが待ち伏せかぁ〜と一人感心してしまった小生でした。

4167586029詩歌の待ち伏せ〈1〉
北村 薫
文藝春秋 2006-02



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2006年04月15日

とるこ日記とセファリック

セファネタはおやすみと言うことで、今日は読書ネタです。

読んだのは、先日ジュンク堂に行ったときに買った『とるこ日記』。
定金伸冶、乙一、松原真琴という自称(たぶん客観的にも)ダメ作家3人がトルコに行った時の顛末を書いたなんちゃって紀行文です。
メインの文章は定金先生が書き、その文章に対して乙一、松原先生が突っ込むという形式の本です。
形式からしてグダグダですが、もちろん内容もグダグダです。
小生みたいな、ダメ人間に片足を突っ込みかけているような人は楽しく読めると思いますが、真面目に生きている良識的な人は読まないほうがいいと思います。
読み終わった後、本を投げ捨てたくなるでしょう。
まっ、言ってみれば乙一の『小生物語』とおんなじ雰囲気の作品です。
小生、このブログの文章を読めばなんとなく分かるように、『小生物語』大好きです。
もう、小生のバイブルと言っても過言ではありません。
すいません、これは言い過ぎでした。

とにかく、『小生物語』好きな人は買って損はないでしょう。
メインの文章は定金先生が書いていて、初めは乙一に書いて欲しかったなぁと思ったものですが、そこはさすがにダメ作家同士、文章の雰囲気も似ていて楽しく読めます。
乙一のツッコミも面白かったですよ。
どっちかと言うと乙一もボケキャラなので、ツッコミがボケになっていたりしましたが、そこは3人目の松原先生がうまくバランスを取ってツッコんでいてくれました。
まさに黄金のトライアングルです。
すいません、またまた言いすぎちゃいました。

表紙がすごろくになっていたり、乙一の新作短編『毒殺天使』が袋とじで付いていたりと、本編意外にもおまけ的なものが付いています。
特に、乙一の新作短編は、トルコ旅行の最中の乙一のふとしたボケから生まれることになった作品です。
ライトノベルの人気作品らしい『撲殺天使ドクロちゃん』の話をしていて、乙一が「次回作は『毒殺天使シャレコウベちゃん』というのを書きますよ」といったことがきっかけらしいです。
そこは本文中にいろいろ書いてあるので読んでみてください。

一応この作品の感想を書いておきましょう。
この作品の途中に「その後は、まあ、大勢の読者が予想するとおりの展開になった。」という、えらく説明的な一文があるのですが、その通りラストは分かりやすい形でした。
とは言っても、細かい部分や心理描写などは秀逸でよくかけていたのではないかと思います。
タイトルだけが決まっていて、いきなり3日で書けといわれたにしては高いクオリティだと思います。
この『毒殺天使』のためだけに『とるこ日記』を買えとは言いませんが、乙一ファンなら一応チェックしておいたほうがいいかな・・・?という感じです。

そんな感じの本です。
間違ってもトルコの情報を得るためだけの人とか、良識的な人は読まないほうがいいでしょう。
著者のうちの誰かのファンだとか、ダメなトルコ旅行のための反面教師にしたい人とか、自分はダメ人間の資格が十分にあると思う人はぜひ読んでみましょう。
きっと楽しめます。

4087804240とるこ日記―“ダメ人間”作家トリオの脱力旅行記
定金 伸治 乙一 松原 真琴
集英社 2006-03



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2006年04月11日

終末のセファリック

気づけば、あさってはテスト。
勉強しなければいけないのに、参考書ではなく小説を読んでいる小生は大丈夫でしょうか。

と言うことで、今日は読み終わったのは・・・

伊坂幸太郎『終末のフール』

8年後に小惑星が地球に衝突すると言う発表があって5年。
発表直後の大混乱から、ちょっと落ち着いて混乱も小康状態になったときのお話です。
状況は三浦しをん『むかしのはなし』に少し似てますね。
ただ、『むかしのはなし』では火星(?たぶん)に移住できましたけど、『終末のフール』ではそれもできません。
座して隕石を待つしかありません。
そんな中での仙台のある住宅街の住人達の8編からなる物語です。

状況は悲劇的なのにもかかわらず、いい話が多いです。
大体の登場人物は、小惑星衝突の発表直後の混乱で家族や大切な人を失くしてしまっています。
しかし、それをあまり感じさせないいい話が多いです。
まっ、中にはそうでない話もありますが。
とにかく、なんだかんだ言いながら前向きに生きようとしている人達のお話です。
最終話の「深海のポール」で顕著に表されていましたが、生きると言うことは権利ではなく義務なんだなぁと思いました。
地球が滅亡すると分かって、その後の人生をどう生きるか。
自暴自棄になって自殺したり、暴れたり、無茶をする人はきっと生きることを権利だと思っているんでしょうね。
だから、自ら権利を放棄できると思っている。
でもそうじゃない。
「恐る恐る人生の山を登ってきて、つらいし怖いし、疲れたから、もと来た道をそろそろ帰ろうかな、なんてことは無理なんだよ。登るしかねえだろうが」と言う渡部のお父さん。
「死に物狂いで生きるのは、権利じゃなくて、義務だ。(中略)他人を蹴落としても、無我夢中で生きるわけだ」と言う土屋。
うーん、小生もこんなことを言えるようになれるでしょうか。
地球が滅亡すると分かったときに、あきらめずに死に物狂いで生きることができるのでしょうか。
たぶん無理ですね。
かといって自殺したり暴れたりもしないでしょう。
すばらしく消極的に日々をすごしているのではないでしょうか。
まっ、実際そんな状況に置かれてみないと分かりませんけど。

これぐらいで終わらしてもいいのですが、伊坂幸太郎の作品なので特別大サービスとして、小生には珍しく個々の短編についてつまらない感想を書いてみましょう。

「終末のフール」
家族の再生のお話。作品全体の世界観のいいイントロダクションになっている。お母さんの性格とか、和也君のエピソードが好き。
「魔物退治」には笑った。

「太陽のシール」
『終末のフール』の中で一番いい話です。一番好きです。
残り三年の命で子どもを生むか生まないか迷う夫婦の話。
泣かせたと思ったら笑わせるし、うまい話でしたね。
主人公の友人の土屋は成瀬的キャラですね。好きです。
ラストもホントにいいです。

「籠城のビール」
マスコミによって妹を自殺に追い込まれた兄弟が、その復讐のためにあるアナウンサーを殺すためにその自宅に押し込み、籠城します。
あらすじはこれでいいんですが、そこは伊坂幸太郎いろいろ仕掛けがあります。
ラストもやっぱりいい話です。

「冬眠のガール」
これまたいい話です。両親をなくした少女が恋をする話です。
でも、ふつうの恋愛のお話ではありません。
伊坂さんらしいと言うかなんと言うか、とてもユニークな恋愛の物語です。
主人公の女の子の「真面目さ」にクスッとさせられます。
登場人物も面白いし、伊坂さんなりの恋愛小説といえるでしょう。

「鋼鉄のウール」
かっこよすぎです。
小生も苗場さんみたいになりたいです。
かっこよすぎ。
もうこの言葉につきます。
小生もジム通うかぁ〜。

「天体のヨール」
妻を混乱のさなかになくした主人公と、天体オタクのその友人のお話。
この主人公は珍しくこの作品の主要登場人物にしては珍しく死を思う人です。
奥さんをなくしてから自殺をはかっているのですが、なかなか成功しないようです。
そんなときに天体オタクの友人が「新しい小惑星を見つけた」と連絡してきて・・・。
対照的な主人公とその友人の関係が面白かったです。
ラストでは「冬眠のガール」の女の子が・・・。

「演劇のオール」
役者志望だった女性が、近所の家族をなくした人たちの家族や恋人を演じるお話。
パズルっぽくて伊坂幸太郎らしいナイスなお話でした。

「深海のポール」
『終末のフール』のまとめとなるお話。
今までの話で随所に出てきたレンタルビデオ店の店長がやっと主人公です。
何らかのカタルシスが得られたり、話がまとまってある点に収束していくといったわけではないのですが、さわやかな読後感が得られます。

やっぱり、伊坂幸太郎の作品は登場人物がナイスです。
魅力的です。

4087748030終末のフール
伊坂 幸太郎
集英社 2006-03



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2006年04月08日

ギャングの頭領セファリック

真夜中ですが、ふと思い立ったので本の感想を書きましょう。

佐藤賢一『カポネ』

確か、ダ・ヴィンチの2月号だったと思います。
軽い紹介記事が出ていて、面白そうだなと思ったので読んでみました。
アメリカのギャングスター、アル・カポネについての話です。

第1部はカポネのギャングとしての成り上がりを描き、第2部ではそのライバル役のネス捜査官の視点でカポネとの対決を描きます。

第1部はかなり面白かったです。
アル・カポネはギャングとは言え、かなり人間的魅力にあふれていて、かっこよかったです。
対立する組織に参加の酒場が破壊されたときに、その酒場の主人の息子に財布を丸ごと渡す場面なんか、かなりしびれました。
これはもう、小生もギャングになるしかないと思いました。
小生、かなり影響を受けやすいのです。

一方、第2部は微妙な感じでした。
第1部でカポネに心酔しきった小生は、カポネを捕まえようとするネス捜査官に肩入れすることはできず、カポネの立場が徐々に悪くなっていくのがあんまり面白くありませんでした。
だんだんカポネとネス捜査官は同類項に集約されていき、ネス捜査官に肩入れしやすくはなるのですが、その頃にはネス捜査官も斜陽という感じで、第1部ほどの爽快感は得られません。
ラストシーンはそれなりに明るいものだったので幾分マシになりましたが、読後感は決してよいとは言えないでしょう。

カポネの活躍譚を書くのであれば、第1部だけで十分だったでしょう。
それなのになぜ第2部まで書いたのか?
まぁ、人生明るいときばかりではないのよと言うことなのでしょうか。
人生経験の浅い小生には何とも言えません。

勝ち負けで言えば、負けの物語である第2部をどう読むかで、人間の深さが測れそうな気がしないでもなかったです。

それはともかく、とにかくカポネはかっこよかった。
ギャングはともかく、あんな男になりたいなぁ。

ところで、ギャングとマフィアの違いって何なんでしょうかね?

4048736582カポネ
佐藤 賢一
角川書店 2005-12



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2006年04月07日

ジュンク堂だよセファリック

小生、ヤボ用のついでにジュンク堂に行く。
京都河原町蛸薬師周辺のBALに2月末にオープンしたジュンク堂です。
小生、オープン後初めて行ったのです。

京都最大と名乗るだけあってなかなかデカイ。
小生、大きな書店に行くとドキドキして思わず本を買ってしまう。
今日もドキドキしながらジュンク堂内をぐるぐる回る。

まずは、『エソラ vol.3』を立ち読み。
表紙が微妙。
とても文芸誌とは思えない。
レジに持って行きにくそうな感じ。
小生買う気はまったくなかったので別にいいですが。
目的は伊坂幸太郎『ギア』。
エソラ掲載なので『魔王』、『呼吸』の続編かと思いきやそうではない感じ。
「セミンゴ」なる節足動物に人類が襲われると言うなんかよく分からない短編でした。
要所要所で微妙なユーモアが散りばめられていて、ちょっとクスっとしてしまった。
で、結局セミンゴは何の隠喩なんでしょう?

エソラを読み終えた後は、書店内をグルグルして本を眺める。
気になる本をパラパラ見ながら、結局買ったのは

伊坂幸太郎『終末のフール』
『あらすじで読む古典落語の名作』
の2冊。

『終末のフール』は大学の生協で買おうと思っていたのに、いつまでたっても入荷しないので業を煮やして買ってしまった。
もう一冊は、かねてから落語についての本が読みたいと思っていたので買ってしまった。
あらすじで読もうなんて横着な小生ですが、許してもらえるでしょうか。

うん、それにしても本屋でぶらぶらするのは楽しいな〜。
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2006年04月05日

本屋大賞セファリック

とうとう本屋大賞が発表されたそうですよ。

本屋大賞ホームページ

栄えある第3回本屋大賞は

リリー・フランキー『東京タワー オカンとボクと、時々オトン』
が受賞したそうです。


そっかぁ、と言う感じです。
読んでないのでなんとも言えません。
泣かせる話だともっぱらのうわさなので順当と言えば順当なのでしょうか。
すでに130万部も売れている本をさらに売ろうなんて、書店員もなかなか欲張りさんですね。

小生が1位に押した『死神の精度』は惜しくも3位。
同じく伊坂幸太郎の『魔王』は11位。
いい本なのになぁ。
まっ、今年いい本を書いてもらって来年は伊坂幸太郎がいただきです。

やっぱり町田康『告白』はあんまり伸びませんでしたね。
『ベルカ、吠えないのか?』もイマイチ伸びていなかったので残念です。

全体として、なんかイマイチパッとしない結果になったような・・・。
3回目にしてそろそろマンネリ?
posted by Aorta at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

発表直前本屋大賞セファリック

今日は4月5日。
2006年の本屋大賞の発表の日です。
第3回目です。

ノミネートされているのは、以下の11作品。

『県庁の星』
桂望実(小学館)

○『告白』
町田康(中央公論新社)

○『サウスバウンド』
奥田英朗(角川書店)

『さくら』
西加奈子(小学館)

○『死神の精度』
伊坂幸太郎(文藝春秋)

『その日のまえに』
重松清(文藝春秋)

『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
リリー・フランキー(扶桑社)

○『ナラタージュ』
島本理生(角川書店)

○『ベルカ、吠えないのか?』
古川日出男(文藝春秋)

○『魔王』
伊坂幸太郎(講談社)

○『容疑者Xの献身』
東野圭吾(文藝春秋)

(○印がついているのが小生が読んだ作品)

小生には投票の権利なんかはまったくないですが、一応なので勝手に読んだ本の中でランキングをつけちゃいましょう。
ちなみに予想じゃありませんよ。
ただ単に小生の中のランキングです。

1.死神の精度
2.告白
3.ベルカ、吠えないのか?
4.サウスバウンド
5.魔王
6.容疑者xの献身
7.ナラタージュ

こんな感じでしょうか。
最近読んだベルカは意外に大健闘です。
面白かったです。

で、実際の本屋大賞はどうなるんでしょうねぇ?
有力候補といわれている『さくら』、『東京タワー』を読んでいないので何ともいえませんが、前回、前々回の2作をみてみると、『死神の精度』はちょっときついかなと言う気もしなくもありません。
小生としてはぜひ『死神の精度』選んで欲しいですけど。
対抗馬は『告白』ですが、これは万人向けと言う感じではないので厳しいでしょう。
小生のランクでは最下位だった『ナラタージュ』は結構健闘するのではないかと小生はにらんでいます。
まっ、希望的観測を含めて結論すると、今年の本屋大賞は『死神の精度』と予想します。
そろそろ本屋大賞も選考の嗜好を変えてくるのではないかと。
これも希望的観測ですけど。
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2006年04月03日

私が語り始めたセファリックは

久しぶりの書評です。

三浦しをん『私が語り始めた彼は』

この前読んだ『むかしのはなし』もうまかったですが、この作品もうまい。
冒頭の中国の故事(?)の引用がいかにも三浦しをんらしくて、いきなり引き込まれます。

この作品は、ある男を中心に据えた物語です。
とは言っても、主人公がその男なわけではありません。
主人公はその男の周りにいる人物です。
言ってみれば、その男は磁石なのです。
その磁力に引き寄せられた者たちの物語と言えるでしょう。

ある人物を周りから固めることで表現する、つまり背景を塗っていってある絵柄を浮かび上がらせると言う手法はある意味「白夜行」的手法と言えるでしょう。
しかし、この作品と白夜行の大きく違うところは、この作品ではあくまでもメインは背景であると言うことです。
つまり、この作品はタイトルが『私が語り始めた彼は』ですが、この作品の主人公は「彼」ではなく、語り手である「私」であるわけです。

ぶっちゃけて言えば、この作品はある男の浮気についての物語なのです。
ある種の女性を惹きつける磁力を持つ男が「彼」なのですが、作中ではその魅力がどんなものかまったく示されていません。
つまり、彼は物語の中心にいながらほとんどキャラクターを与えられていないのです。
そんなところからもこの作品が「彼」のものではなく、「私」のものであることが分かります。
身も蓋もない言い方をすれば、彼は主人公でありながら、それぞれの脇役達の物語を繋ぎ止めるだけの役割しか果たしていないのです。

それぞれの語り手による6つの短編からなります。
その中で一番印象に残ったのが、4篇目の「水葬」。
ある謎が提示されます。
登場人物の思考と、3篇目までの人物設定が伏線になって、ある答えにたどり着くのですが、実は本当の答えは別のところにある、というミステリ的な作品です。
それまでの人物設定を伏線に使ったミスリードの仕方が、とってもうまい心理トリックになっているのです。
ミステリ読みとして思わず「三浦しをんうまいじゃないか!」とうなってしまいました。
まっ、小生がただ単純なだけかもしれませんが。

「水葬」に限らず、三浦しをんの引き出しの多さを見せ付けられるナイスな作品だと思います。

4104541036私が語りはじめた彼は
三浦 しをん
新潮社 2004-05-25



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2006年04月01日

プルートゥvsセファリック

小生の実家はドがつくほどの田舎です。
まぁ、空気もきれいで緑が豊か、おまけに水がうまいので、小生いなかは好きなのですが、困ったこともいくつかあります。

その中で切実なのは、物が手に入らないと言うことでしょうか。
どんどん都市の均一化が進んでいるとは言え、やはり都会でないと手に入らないものはいろいろあります。
手には入っても、時間的な遅れがあることもしばしば。

その例が、マンガです。
出版社にも因りますが、大体1日遅れます。
発売を心待ちにしているマンガを1日待たなければいけないのは結構きついです。
いなかに住んでいることを呪います。

そんな風に1日待たされたマンガを今日読みました。
浦沢直樹『PLUTO』です。
確か昨日(3/30)発売のはずです。
新聞ででかでかと1面丸ごと使って「本日発売!」と広告を打っていました。
小生、さすがに有名マンガだしこれは発売日に入荷するだろうと思いながらツタヤに行ったのですが、見事に期待は裏切られました。
小生、肩を落としながらすごすごツタヤを去りました。

そして、今日リベンジでツタヤに行くと、案の定置いてました。
1日遅れの法則はやはり健在です。

そんな1日分の怨念が込められた『プルートゥ』、やっぱり面白かったです。
先の読めない展開、早く続きが読みたくなります。
次巻が出るのはいつになるんでしょうかねぇ・・・。

たまにはマンガのことも書いてみようかな・・・と言うことで書いてみたわけですが、ほとんど1日遅れの法則について書いちゃいました。
とにかくプルートゥ面白いですよ。

4091802370PLUTO 3―鉄腕アトム「地上最大のロボット」より (3)
浦沢 直樹 手塚 治虫
小学館 2006-03-30


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2006年03月31日

セファリック、吠えないのか?

またまた読書ネタです。

今回は
古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』

いやはや、すごいお話でした。
どこがすごいって?
そんなのは読んで自分で確かめろっ!
と言ってしまえるくらいすごい本でしたよ。
古川日出男を読んだのは初めてでしたけど、こんな話を書くんだぁと感心。

本の表紙は「言われなくても吠えますよ」と言わんばかりの大口を開けた犬の写真です。
そこから、漠然と犬の話なのかなぁと思っていたら半分あたりでした。

物語の半分は犬の話です。
ただの犬ではなく、軍用犬の物語です。
太平洋戦争のさなか、日本軍がアリューシャン列島から撤退する時に島に置き去られた4頭の軍用犬たちを始まりとする犬の物語です。
その4頭、そしてその4頭のその後何世代にもわたる子孫の長い変転・流転の物語です。
彼らはどんどん枝分かれしながらも、一部はある流れに集約していきます。
その流れの集約する先が「ベルカ」であり「ストレルカ」です。
あるところで分かれたはずの流れが其処此処でクロスリンクしてかなり面白く読めました。
難点は、系統がどんどん枝分かれしていくので、ちゃんと整理しないと「こいつ誰の子どもだったけ?」みたいな事になって混乱しちゃいます。

そして、物語のもう半分は犬の物語が集約する先のある人物の物語です。
ある老いたロシア人(ソビエト人)です。
ソビエトに絶対の忠誠を誓う彼と、ソビエト崩壊後のロシアの物語です。
なぜか日本のやくざなんかも出てきます。
かなり重要な役割を果たしたりもします。

全体的にかなり武闘派な物語です。
戦争の物語です。
この物語を信じるのであれば、近代兵器ばかりが大きな注目を集めた戦争において、犬も壮絶な戦争をしていたと言うことになります。
ぜんぜん知らなかった。
世の中は知らないことばっかだ。

それにしてもすごい本。
小生には珍しく、「読めっ!」とオススメします。

4163239103ベルカ、吠えないのか?
古川 日出男
文藝春秋 2005-04-22



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2006年03月29日

SPEED BOY!なセファリック

今日も読書ネタ。

図書館で単行本ではなく、小説雑誌を漁っていたら『群像』2006年1月号を発見。
舞城王太郎の中編『SPEED BOY!』が掲載されているのです。
ということで、今回は単行本ではなく、雑誌掲載のこの舞城王太郎の中編の感想を書きます。

この中編は7つのエピソードで構成されています。
それぞれのエピソードは主人公は同じですが、互いに独立しています。
実は独立しているかは微妙なところで、小生を悩ませます。
あるエピソードでは追いかけられていた人が、あるエピソードでは追いかけます。
あるエピソードでは死んだ人が、あるエピソードではふつうに生きています。
あるエピソードの舞台は西暁町、あるエピソードの舞台は調布市。
独立というよりはそれぞれのエピソードがパラレルに展開されているという方が近いかもしれません。
基本的に素材は同じなんですが、料理の仕方が違うというか。
まっ、ニンジンとジャガイモとたまねぎと肉で、カレーを作るかシチューを作るか肉じゃがを作るかといった感じでしょうか。
うーん、違うような気がします。

とりあえずそこは置いといて、肝心の主人公は、背中にたてがみの生えた足が速い成雄くん。
これを読んでピンと来たら110番。
じゃなくて、ピンと来たらなかなかの小生のブログの愛読者ですね。
もしくはふつうに読書家なだけか。
そう、いつぞや小生がここで感想を書いた『山ん中の獅見朋成雄』の成雄くんの特徴そのままなのです。

ただ、『SPEED BOY!』の成雄くんは名字がありません。
ただの「成雄」です。
「獅見朋成雄」ではありません。
初めは同一人物かなぁと思っていたのですが、どうやら別人のようです。
むしろ、それぞれのエピソードの「成雄」も同一人物ではないようです。
さっき書いたように、パラレル。
もしくは肉じゃがとカレーとシチュー。

とにかく、その「成雄」が走りまくる話なのです。
あるエピソードではスピードを求めて、あるエピソードでは光る白い玉を追って、あるエピソードでは黒曜石を追って。
そこに、『山ん中の獅見朋成雄』でもあった、たてがみを持ち超人的なスピードで走れる、すなわち獣の特徴を持つ人間としての、人間性とは何なのかという思索がからまります。

とまぁ、えらそうにいろいろ書きましたが、実は小生わからないことだらけです。
各エピソード間の関係とか、舞城王太郎が結局言いたかったこととか。
はぁ〜、誰か分かりやすく解説してくれないかなぁ。

最後にどうでもいいことを。
文中で成雄くんの名字を考えてくれる人が出てきます。
その人は言います。
「じゃあね、織中鹿成雄(おるなかしかなるお)は?回文になってるんだよ」
すばらしいネーミングセンスです。
名前で回文つくろうなんて小学生的思考に小生思わずやられかけました。
でもちょっと待て。
回文作るなら「織中成雄(おるなかなるお)」でいいんじゃないの?
わざわざ「鹿」をつけるところに舞城王太郎の芸の細かさを知り、思わず唸ってしまった小生でした。
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2006年03月28日

てるてるセファリック

またまた書評です。

加納朋子『てるてるあした』

同じ作者の『ささらさや』と同じ世界観の作品です。
『ささらさや』ではサヤさんとその亡くなっただんなさんが主役でしたけど、この作品ではサヤさんは脇役です。
主役は、照代という中学を卒業したばかりの女の子。
この子がかわいそうな境遇にいます。
浪費家の両親が作った借金のせいで中学卒業後に夜逃げすることになったのです。
せっかく第一志望の高校に受かったのに、両親のせいで入学できず。
悲惨です。
この女の子が、両親と離れてサヤさんのいる佐々良に来るところから物語は始まります。
佐々良には彼女の遠い親戚なる人物がいて、その人を頼って照代は佐々良に来たのです。
彼女が頼った遠い親戚とは、久代さんという元教師のおばあさん。
とても厳しい人で、鬼婆とか閻魔大王とかいささか不名誉な呼び方をされることもあります。
そんな久代さんや佐々良の人たちと触れ合うことによって、初めはどーもかわいくない性格だった照代が成長していくお話です。

この話にも、ユーとかレーとかつく例のあれが出てきます。
物語の進行上、重要な役割を果たしています。
ユーとかレーとかつくやつの正体は?みたいなところでミステリ的なスパイスが効いていてオシャレです。

いい話でした。
小生、もう思春期は過ぎましたが、こういった思春期の成長の物語は好きです。
小生、いつまでも精神的にはお子ちゃまなので、自分も成長しなきゃなぁと思ってしまいます。

あと、久代さんの不器用な照代への愛情、泣けてきます。
やさしいだけがやさしさじゃないと教えられるような気がします。

最近、読書の幅を広げようとちょっと背伸び気味なので、こういう直球ど真ん中はい頂きましたみたいな作品は癒されます。
さすが加納朋子。
4344007840てるてるあした
加納 朋子
幻冬舎 2005-05




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2006年03月27日

ポーの話とセファリック

最近、読んだものの、感想を書いてない本がたまり気味です。
少しずつ消化していきましょう。
今日はいしいしんじ『ポーの話』です。

タイトルどおり、ポーについての話です。
不思議な話です。
あえてジャンルに分けるとすれば何に分類されるのでしょう?
ファンタジー?児童文学?
とにかく不思議な話でした。

ざっと話のあらすじを書いてみましょう。

ポーは、ある泥川でうなぎを獲って暮らすうなぎ女の子どもです。
うなぎ女はその泥川にたくさんいます。
何百、もしかしたら何千といるかもしれません。
そのうなぎ女が皆ポーを子どもとしてかわいがります。

ポーには特技があります。
とにかく水に対する感覚が鋭いのです。
簡単に言えば魚みたいと言えばいいでしょうか。
長い間潜水していられるし、水の違いで自分が川のどこを泳いでいるかが分かります。
そんなポーが成長し、町で友達を作ります。
正確には友達ではなく知り合いですが。
路面電車の運転手をしている「メリーゴーランド」、メリーゴーランドの妹の「ひまし油」、翌日の天気を予想する「天気売り」などです。
ポーはメリーゴーランドに「つぐない」として象にバナナをあげることを教えてもらったりするのですが、そんなある日、ポーが住む川が大雨に見舞われて500年に1度の洪水を起こして・・・。
というところで第1部が終わり、第2部以降でその川を離れたポーの人生が進んでいきます。

小生は、第2部以降でポーとともに旅をすることになる「天気売り」が好きです。
彼は祖母の形見のコンパクトで翌日の天気を予想するのですが、外れると自分の責任のように落ち込むし、当たると自分の手柄のように喜びます。
第2部以降ではポーの相棒として、ポーを支えていきます。
純粋で、まっすぐで、とてもいいやつです。
ちょっと伊坂幸太郎の作品に出てきそうな気がしました。

いい作品でしたが、微妙な時期に読んでしまったかなという気がしなくもありません。
純粋に話しにのめり込むには大人になりすぎてしまい、十分に話を味わえるほどには感性は成熟していない。

何を読んでも楽しかった子どもの頃はよかったなとふと思ってしまいます。
いろいろな美しいものに感応できる感性があればとふと思ってしまいます。

まっ、ないものねだりですけど。
読書はなかなか難しいものです。

今年読んだ本:39冊

4104363014ポーの話
いしい しんじ
新潮社 2005-05-28



posted by Aorta at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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