2007年08月06日

映画篇なセファリック

4087753808映画篇
金城 一紀
集英社 2007-07



4103051515対話篇
金城 一紀
新潮社 2007-07




先日軽く触れた、金城一紀の「映画篇」の感想です。

金城一紀の過去の作品に「対話篇」というのがあって、それがすんばらしくいい作品なので、似たような匂いに惹かれて買ってしまったわけです。

ちなみにその「対話篇」はこの「映画篇」の刊行に合わせて新版がでています。
相乗効果で売り上げを伸ばそうというえげつない思惑がミエミエです。
しかも、出版しているのが「映画篇」は集英社、「対話篇」が新潮社と、出版社を超えての戦略だというのがさらにえげつないところです。
そんなミエミエのえげつない手に乗る人なんかいるか!と思った小生なのですが、ちょっとだけと思って「対話篇」を立ち読みしてしまったのが間違いの始まりでした。
読んでしまうと欲しくなります。
やっぱり手元に置いておきたくなる作品なのです。
「くっそー」とか「この商売上手め!」とか出版社に対する呪詛の言葉を吐き散らかしながら、結局「映画篇」と「対話篇」の2冊を持ってレジに向かった小生なのでした。

そんなことはともかく、今回は「映画篇」です。
結論から言うと、「対話篇」に負けずとも劣らないとてもいい作品でした。
実は、読み始めの印象はあまりいいものではありませんでした。
決して面白くないわけではないのですが、「対話篇」の一発目の『恋愛小説』がものすごくいい話であるのに対して、若干インパクトが弱い感じがしたのです。
その印象は4作品目の『ペイルライダー』まで続きました。
これははずれだったかなぁと思ったのですが、最後の『愛の泉』で大逆転が起こりました。
それまでの4つの作品を踏まえたうえでの〆の作品。
『愛の泉』それだけでも感動的で十分いい作品なのですが、それまでの4つの作品がその土台となってさらに感動的になっています。
あんまり書きすぎるとネタバレになってしまうので書きませんが、うまい構成でした。

ちなみにこの『愛の泉』は、「対話篇」に収録されている『花』に出てきた鳥越家のお話です。
『花』の登場人物である鳥越弘氏のお兄さんの奥さんとその孫達が主人公です。
弘氏は出てきませんが、『花』が好きな人は必読です。
『花」でもそうでしたが、この作品でも主人公の前で女の子がこけます。
それにしても鳥越家の面々の前では女の子がよくこけます。
「準備のできていない人の前では好きな女の子は転ばないのではないのではないだろうか」と作中で主人公は言っているのですが、いいこと言います。
鳥越家の人々はほんとにいいです。
僕もそんな準備のできた人間になりたいものです。

あと、鳥越家の孫達の1人である「ケン坊」のキャラクターが、金城一紀の作品の「ザ・ゾンビーズ」シリーズに出てくる「山下」っぽくていい味出してました。
「アホの子」という響きはとてもいいですね。

それにしても、金城一紀の作品を読むとブルース・リーの映画を無性にみたくなります。
明日にでも借りてこようかなー。
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2006年08月19日

ララピポなセファリック

4344010515ララピポ
奥田 英朗
幻冬舎 2005-09




内容(「BOOK」データベースより)
対人恐怖症のフリーライター、杉山博(32歳)。NO!と言えないカラオケBOX店員、青柳光一(26歳)。AV・風俗専門のスカウトマン、栗野健治(23歳)。文芸コンプレックスの官能小説家、西郷寺敬次郎(52歳)。専業主婦にして一応AV女優、佐藤良枝(43歳)。デブ専裏DVD女優のテープリライター、玉木小百合(28歳)。選りすぐりの負け犬たち、ここに集合。最新爆笑小説。


面白かったですけど、ちょっと人前では読みにくい本でした。
どう読みにくいかは、小生が説明しなくても、この本を読んでみればすぐに分かると思うので敢えて書きません。

この話の主人公達たちは俗に言う「負け組」というジャンルに属する人たちです。
しかも、かなりたちの悪い負け組みに属していると思われます。
自ら進んでそこに至った人もいれば、望まずしてそこに至った人もいます。
そういう人でも、その人なりに底辺でがんばって生きてるんだよ、ということを書きたかった作品なのかなと思うのですが、小生はまったく主人公達に共感を抱くことが出来ませんでした。
なんと言うか、読んでいて、こいつら別世界の住人だなとしか思えませんでした。
小生は、自分がどんなに苦境に陥ってももっとマシに(あくまで小生のものさしにおいてですが)生きれると思います。
しかし、それも小生がぬるま湯の生活にどっぷりつかっている恵まれた状況にいるからそう考えられるだけなのかもしれません。
落ちるところまで落ちれば、自分もあんな感じの生活を送るようになるのかもしれません。
うーん、どうなんだろ。

そんな感じに、現実に起こりうることとしてシリアスに読むべきか、あくまで異世界の住人が繰り広げるドタバタ爆笑コメディでしかないと傍観者の立場として読むべきか、なかなか考えさせられる作品でした。

あと、作品の形式も面白かったです。
形式的には連作短編集なのですが、短編ごとに主人公が変わります。
1話目で脇役だった人が2話目で主人公になり、2話目で脇役だった人が3話目では主人公になり・・・、という感じで、短編ごとにつながって作品全体として大きなループを作る感じです。

この形式の面白いところは、脇役で登場する話では勝ち組として描かれていて主人公にうらやましがられていた人が、その人が主人公になった話を読んでみると実はうらやましがられるほどの生活を送っているわけではなく、むしろいろいろ苦労しているという風に描かれたりすることですね。
もちろんその逆もあって、ある話で究極的な負け組みみたいに描かれていた人が、実はしたたかに生きていたみたいなこともあって、かなり面白かったです。

これは日常にも当てはまることで、小生が、すごいなとかうらやましいなとかあんな風になりたいなとか思っている人も、その人の立場になってみればいろいろ大変なことがあるんだろうなぁと思ってしまいました。
逆は・・・、あるのかなぁ。
小生を見て、あんな風になれたらなと思っている人ももしかしたらいるかもしれませんが、やっぱり小生は小生でいろいろ大変なのです。
自分でもどうしようもなく嫌いな部分もありますし。

なんにしろ、外から見える部分なんて、その人のほんの一部でしかないということですね。
もっといろいろ見えたら面白いだろうなと思う一方で、見えないほうがいいこともいっぱいあるだろうなと思う小生でした。
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2006年08月15日

LOVE & セファリック

4396632533LOVE
古川 日出男
祥伝社 2005-09




内容(「MARC」データベースより)
あたしたちは全員同じだ、でも、あたしたちは全員、違うのかもしれない。現代なんて三月後には消費されて、東京の記憶から消されるんだろうな-。都市とそこで生きるものたちの喪失と再生を鮮やかにきりとった青春群像小説。


おもろい、それもべらぼうにおもろい。
と、小生は思ったのですが、世間の評判はそれほど高くないようですね。

まぁ、確かに「ベルカ、吼えないのか?」の方が話(ストーリー)としてはよく出来ていて面白かったですよ。
でもね、小生はこの「LOVE」の方が古川日出男の可能性を端的に表しているような気がするのです。

そう思わせるのは、この作品の文体。
文体でここまで読まされるのは舞城王太郎くらいですよ。
古川日出男と舞城王太郎、この2人は絶対歴史に残る作家になると小生は勝手に思いました。

舞城王太郎の文体は、ひたすらわき目も振らずに駆け抜けていく短距離ランナーみたいな感じです。
もしくは夜中に爆音を響かせて走り去っていく暴走族。
パワーで読ませます。

一方の古川日出男の文体は、ずばり音楽だと思うのです。
パワーの舞城に対して、古川日出男はテンポ。
ついつい引き込まれてページがどんどんめくられていきます。
何気なくBGMで流れていたのに、ちょっと聞いてみたらめっちゃかっこよくて耳から離れなくなった、みたいな感じです。
例えて言うなら、めっちゃかっこいい洋楽ロック。
なに言ってるのかわかんなくても、聞いてるだけで体が勝手に動き出すみたいな。
2篇目の「ブルー/ブルース」を読んでるときは、ほんとにそんな感じでした。
内容が取り立ててすごいわけではないんだけど、ページをめくる手はどうにも止まりませんでした。
究極的には音楽に詞なんか関係ないんですよ。
何を歌っても、伝えたいことは伝わるんです。
この作品も同じ。
たぶん、この作品がそこら辺のおじいさんの平凡な老後の1日を描いたものでも、この文体なら小生は引き込まれて読みますよ。

この感じは、最近で言うと、アジカンのナノムゲンフェスのコンピを試聴していて、DREAM STATEの「CHANGE」にぶちあたったときと同じ感触です。
うぉー、こいつはすげぇ。それしか言葉が出てこない。小生の頭は退化してしまったのだろうか。いやいや、何か思い出してみよう。いい国つくろう鎌倉幕府、なんときれいな平城京。。うんまだまだ大丈夫。みたいな感じです。

なんか変なテンションのせいで、言いたいことの半分も言えず、たぶん伝えたいことの3分の1もこれを読んでいる人には伝わっていないでしょう。
という事で、騙されたと思って「LOVE」の「ブルー/ブルース」だけでも読め。
たぶん6割がたの人は、「騙された。意味分からん」とつぶやくでしょうが、そんなことは知りません。
これに感応する4割の人に小生はこの本を読んで欲しいのです。
多数決の原理なんかクソくらえ。
民主主義なんて嘘っぱちだ。
と、小生は思いましたとさ。
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2006年08月14日

笑わない数学者と笑うセファリック

4062646145笑わない数学者―MATHEMATICAL GOODBYE
森 博嗣
講談社 1999-07




内容(「BOOK」データベースより)
偉大な数学者、天王寺翔蔵博士の住む「三ツ星館」。そこで開かれたパーティの席上、博士は庭にある大きなオリオン像を消してみせた。一夜あけて、再びオリオン像が現れた時、2つの死体が発見され…。犀川助教授と西之園萌絵の理系師弟コンビが館の謎と殺人事件の真相を探る。超絶の森ミステリィ第3弾。


ミステリと呼ばれるジャンルの作品を読む際に、大きく2つの読み方があると思います。
作品の中で提示される謎を自ら解こうとするか、それとも謎解きは探偵役に任せて、自分はひたすらメタ的な立場から事件を追い続けるかのいずれかです。

小生は断然後者です。
それにはいろいろ理由がありますが、一番大きな理由はめんどくさいことでしょうか。
ものぐさな小生は、謎について考える時間があったら迷わずページをめくってストーリーを追ってしまいます。

ただ、そんな小生でもたまには謎が解けてしまうことがあります。
今回のオリオン像消失の謎がそうでした。

そのときの状況と、事件があった屋敷の平面図を見ると考えるまでもなく答えが浮かびました。
これは小生だけでなく、ミステリをそれなりに読んでいる人なら結構多くの人が分かったのではないでしょうか。
オリオン像の謎が解けてしまうと、本文中で犀川が言っていたように、肝心の殺人事件の犯人も分かってしまう(これは小生のポリシーに反して読むのをちょっと中断して考えてしまいましたが)ので、今回は探偵役の犀川が謎解きをする前に犯人が分かりました。

という事で、今回は図らずも冒頭の2つの読み方のうち前者の読み方をしてしまったわけですが、この読み方では作品をミステリとしては楽しめても、小説としてはあまり楽しめませんでした。
理由は簡単。
小生でも解けたトリックを、数々の何事件を解決し、これからも解決していくであろう探偵さんがなかなか解けないのがいらいらするんですよ。
何でそんなことに気づかないんだっ。思いつきもしないなんてのは異常だろっ。とついツッコんでしまうのです。
確かに、小生はメタ的立場にいて探偵役たちを見下ろしているので有利な立場にいて、実際の目線で見てみれば分からないことも多いかもしれませんが、何でも解決してしまうはずの探偵がうすらぼけーっとしているのはやっぱりイラつきます。

幾分キャラ小説的要素もあるこの作品ですが、やっぱりメインはミステリ的要素だと思うので、その部分が弱いと小説としては減点です。
特に、小生のようなミステリを解くことにあまり意味を見出さない読者にとってはなおさらです。

とは言え、小生に解けた謎以外にもいろいろ謎はあったし、キャラ小説としても楽しく読めたので面白かったです。
それに、読後感はとってもよかったです。
地球の表面を、大きな輪が移動していく様子が頭に浮かびました。
内と外、とても興味深い題材です。
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2006年08月13日

冷たい密室とセファリックたち

4062645602冷たい密室と博士たち
森 博嗣
講談社 1999-03



内容(「BOOK」データベースより)
同僚の誘いで低温度実験室を訪ねた犀川助教授とお嬢様学生の西之園萌絵。だがその夜、衆人環視かつ密室状態の実験室の中で、男女二名の大学院生が死体となって発見された。被害者は、そして犯人は、どうやって中に入ったのか!?人気の師弟コンビが事件を推理し真相に迫るが…。究極の森ミステリィ第2弾。


うーん、面白かったとしか感想の書きようがありませんね。

確かに面白くて、ミステリとしてもよく出来ているとは思うのですが、なんと言うか、どうも作品から無機質というか平板というか、そんな感じの印象を受けるのです。
題材が超低温実験室で、タイトルが「冷たい密室と博士たち」なのでそれも仕方がないのかもしれませんが。
何か、熱く胸に訴えかけてくるものとか、グッと来るものがないんですよね。

よく言えば、安定的。
悪く言えば無難。
そんな感じでしょうか。

とは言っても、エンターテイメントとして安定的に無難に楽しめるという要素は重要です。
特にこれがシリーズものならなおさら。
そういう意味で、暇な時間にちょっとした知的娯楽を楽しみたいというニーズには十分応えているとは思うのですが、こう、何かを求めての読書というものにはあまり向かないのかもしれません。

とは言いながらも、小生はこういう連作のシリーズ物は大好きなので、たぶん全部読むと思いますが。
うん、犀川と萌絵ちゃんの関係がどうなるのかも気になりますし。
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2006年08月12日

遮断するセファリック

4104629022遮断
古処 誠二
新潮社 2005-12-20




内容(「MARC」データベースより)
昭和20年5月、沖縄。防衛隊から逃亡した真市は、戦友の妻で、幼なじみのチヨと再会する。行方不明だというチヨの子どもを探しに部落へ戻る2人に拳銃を向けてきたのは、友軍の少尉だった。『小説新潮』連載の単行本化。


一部で評判がよいみたいなので読んでみました。
古処誠二を読むのは初めてです。
確か「分岐点」だったと思いますが、図書館で手に取ったことはあるのですが、最初の数ページくらい読んで結局棚に戻した記憶があります。

小生、戦争の話はあまり得意ではないのです。
なんと言うか、エンターテイメントとしてどうなの?という気がしてしまうのです。
楽しみを求めて読む本で気持ちが落ちてしまうのは本末転倒です。
ただ今回は、終戦記念日が近いこともあり、エンターテイメントとしてよりは時事的なものとして読みました。
最近小生は思うのです。
自分は戦争のことについて知らなさ過ぎるなと。
これではダメだなと。
NHKで戦争についての番組をやっていても知らないことばかりです。

何で知らないのか。
一番大きな理由は学校で教えられないからでしょう。
ひとえに学校教育のせいにしてしまうのもかわいそうな気がしますが、それでもやっぱり学校教育の責任はかなり大きいと思います。
日本史の授業で日中戦争から太平洋戦争にかけて習うことといえば、「日本が盧溝橋を自ら爆破して日中戦争を始めて、日中戦争がドロ沼化して日本が国際社会から孤立し、にっちもさっちも行かなくなって真珠湾を攻撃して太平洋戦争が始まり、最初の方は調子よかったけど途中からどんどん反撃されて、日本中空襲されるようになって、挙句の果てには原爆を落とされて終戦。時代の流れも読めずに戦争に突っ走った日本の指導部の人たちはアホでした。A級戦犯といわれる人たちは悪者です。とにかく日本が悪かったです。これからは悔い改めて戦争がないような世界を目指してがんばります。」とまぁ、こんな感じでしょうか。
果たして、これで本当にいいのでしょうか?
これではダメだ。
もっといろいろなことを知らねば。
知らないことが一番の悪だ。
という事で、最近はフィクション・ノンフィクションに限らず、ちょっとずつ戦争に触れるようにしています。

という事で、前置きが長くなりましたが、古処誠二「遮断」です。

沖縄戦のさなか、それぞれの思惑を抱えて一緒に戦線を超えようとする、一人の沖縄人脱走兵・一人の母親・一人の帝国陸軍少尉、合わせて3人の物語です。
語り手は一人の脱走兵。
癌で余命いくばくもなくなった彼が、老人ホームで手紙を受け取ることから物語りは始まります。
その手紙を読みながら回想される彼の戦争。
回想の合間合間に送られてきた手紙の文章が1行ずつ挟まれます。

とてもよかったと思います。
フィクションとは思えないほどのリアリティがある文章で圧倒されました。
ノンフィクションだといわれて読んだら、小生はきっと信じたでしょう。

沖縄の人が脱走兵という立場から見た戦争。
そして、その沖縄の人をひたすら罵倒し続ける帝国陸軍少尉。
立場はまったく逆の二人が、お互いの利益が一致するという理由で行動を共にするので、随所で価値観が衝突し、そのことによって戦争というものがうまく浮き彫りにされていたと思います。

また、戦場での兵士同士の戦いがクローズアップされる戦争において、沖縄という戦場に残された家族のことを描いているのも印象的でした。
普通の民衆が生活している町が戦場になると、こんな悲劇も起こりうるのかと衝撃的でした。

最後に印象に残った少尉の言葉を引用します。

「故郷は無理でも靖国には行ける。靖国に行けば陛下が頭をさげてくださる。いいか沖縄人、よく聞けよ。この俺に陛下が頭をさげてくださるのだ。たとえ昭和が終っても、皇太子殿下が頭をさげてくださる。殿下の時代が終わろうと同じだ。いつまでも俺たちに黙祷してくださる。ならば親も納得してくれるさ」

この言葉を今の日本人はどう受け止めるべきなのでしょうか。
今の昭和天皇が昭和50年に最後に参拝して、今上陛下は即位後に靖国に行ったことはないと思います。
「皇太子殿下が・・・」という少尉の想いはかなえられていません。
この状況を作ったのはいったい誰なのでしょう。
A級戦犯を合祀した靖国神社?
靖国参拝をしきりに非難する中国や韓国?
周囲の反対を押し切って靖国に強硬に参拝する小泉首相?

それぞれに責任はあるような気がしますが、一番責任が大きいのは戦争をしっかり見つめようとしない無責任な日本国民なのではないでしょうか。
自分もその一人として反省しなくては、とつくづく思いました。

殺したくもないのに人を殺し、殺されたくもないのに人に殺される。
そんな戦争には行きたくありません。
行きたい人なんていないでしょう。
ただ、そのことと、国を守る・大切な人を守るということの間に挟まれたら自分はどうするのだろうか。
そんなことも考えたこともないのに戦争反対なんて軽々しく言うのは、国のために戦争で心ならずも亡くなった人に対して失礼を超えて侮辱ですらある。
そんな風に小生は思うのです。
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桃色セファリック

4872339738桃色トワイライト
三浦 しをん
太田出版 2005-08-06




内容(「MARC」データベースより)
いい男たちを眺めるだけで満足する「物陰カフェ」を発案。これって病? それとも愛? 妄想ロマンティック街道ばく進中の乙女代表選手・三浦しをんのスーパーエッセイ。ウェブ掲載に加筆して単行本化。


それにしても、三浦しをんのエッセイはおもしろい。
ほんとにはずれなしです。

日常のことから、家族のこと、友人のこと、自らの趣味のこと。
何を語らせても面白い。

これはひとえにしをんさんのツッコミの才能と妄想力の賜物でしょうね。
お笑い芸人にさせたら、一人でボケとツッコミをこなして一流のピン芸人になれるんじゃないでしょうか。

妄想力はともかく、自分にこれだけのツッコミの才能があればなぁとうらやましくなります。

それにしても、類が友を呼ぶのか、友が類を呼ぶのか知りませんが、しをんさんの周りには変な人ばっかり。
これだけいろんな人に囲まれていたらまったくヒマしなさそうですね。

ひたすら趣味の世界に突っ走り、その様子は痛々しさすら漂わせるほどですが、それでも読んでいてまったく嫌な気分ならず、むしろ爽快感さえ覚えるのは、やっぱりしをんさんがその趣味を愛し、誇りに思っているからなんでしょうか。
その姿こそ真の求道者と呼ぶべきでしょう。
いろんな意味ですごいオーラが見えそうです。

ただ、この本はあまり人前で読むのはオススメできません。
特に男性。
小生は、図書館でこの本を見つけたのですが、表紙のファンシーさにとてもカウンターに持っていって貸し出しの手続きをする勇気はなく、図書館の隅っこで表紙を隠しながら読んでいました。
かなり不審です。
さらに不審なことに、読んでいるとたまにどうしようもなく爆笑してしまいます。
通り過ぎる人から、「なに、この人は?」みたいな目で見られます。

ご使用の際は、周りの状況によく気を配り、用法・用量を守りましょう。
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2006年08月05日

DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件の犯人はセファリック

4087804399DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件
西尾 維新 大場 つぐみ 小畑 健
集英社 2006-08-01




内容(「BOOK」データベースより)
原作大場つぐみ・小畑健、両先生が熱望した奇跡(コラボレーション)。「あなたはLの伝説(ノート)をみる」。


うん、マンガのノベライズという媒体を最大限活用したいい作品でした。
さすが西尾維新。
デスノート本編のような頭脳バトルはないものの、よく出来た作品でした。
ちょっと都合よすぎだろとツッコミたくなる部分はありましたけど。

いろいろ書いてしまうとネタバレになってしまうし、それでは面白くないので、デスノートファンの方は1365円出して読みましょう。
ファンならそれくらいの価値は十分あります。
映画と同じ値段だと考えれば安いものです。

画像から映像へというマンガの映画化では、出来ることがほとんどありません。
特に、デスノートのように登場人物の動作の重要性が低いマンガでは、ストーリーを変更することぐらいしか出来ることがないのではないかと思います。
そういう意味で、このノベライズでは、小説でしか出来ないことをやってくれて、これこそメディアミックスのお手本という感じです。

Lの過去の活躍譚ということで、キラ対Lという本編の世界観に介入しておらず、読者のイメージを崩さないこともいいところです。
いい感じに本編とはニッチの違う作品を作ってくれています。

あと、デスノートの世界観を壊さない程度に西尾維新らしさも発揮されていて、時々くすっと笑わされてしまいました。
デスノートファンかつ西尾維新ファンという方にはたまらない作品だと思います。

ということで、ほとんどマンガのノベライズというものを読んだことがない小生が言うのもなんですが、デスノートのノベライズとしては成功している作品だと思います。
ちょっと高めですが、装丁にも凝っているので、本棚の飾りとしても役に立ちそうですし、まぁ興味のある方は買ってみてもいいのではないかと思います。

あと、「マンガは好きだけど、小説はちょっと・・・。」という人にもぜひ読んで欲しいです。
小説の可能性、そしてそのおもしろさにきっと気づいてもらえるはずです。

Amazonのレビューを見てみると、この、小説でしか出来ないことを「漫画化したら話が成り立たない」と、反則だと感じている人もいるみたいですが・・・。
でも、ノベライズなんだからそこはもちろんいいのです。
小説でしか出来ないことを小説でやって何が悪い、と小生は思います。
それがマンガをわざわざノベライズする意味なんじゃないでしょうか。
まぁ、これは小生が小説読みだからそう思うだけなのかもしれませんが。
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2006年08月04日

春と夏のセファリック

4061823337四季 春
森 博嗣
講談社 2003-09




内容(「BOOK」データベースより)
『すべてがFになる』の天才科学者、真賀田四季の少女時代。叔父、新藤清二の病院で密室殺人が起こる。唯一の目撃者は透明人間だった!?すべてを一瞬にして理解し、把握し、思考する才能に群がる多くの人々。それを遙かに超えて、四季は駆け抜けていく。其志雄は孤独な天才を守ることができるのか!?四部作第一幕。


4061823396四季 夏
森 博嗣
講談社 2003-11




内容(「BOOK」データベースより)
米国から帰国した真賀田四季は13歳。すでに、人類の中で最も神に近い、真の天才として世に知られていた。叔父、新藤清二と行った閉園間近の遊園地で、四季は何者かに誘拐される。瀬在丸紅子との再会。妃真加島の研究所で何が起こったのか?『すべてがFになる』で触れられなかった真相が今、明らかになる。


「すべてがFになる」に登場した天才科学者、真賀田四季についてのシリーズ。
東野圭吾「容疑者xの献身」の感想のときにちらりと書いたような気がするが、小生は天才(の出てくる物語)が大好きなので読んでみた。

という事で、四季さんの天才ぶり楽しみに読んだのですが、四季さんは天才という言葉でくくるのがはばかれるほどの天才で異次元の存在だったので
、天才性について楽しむというよりはため息ばかり出してしまった気がします。
人間の生きる意味について考えてしまいました。

小生は天才ではないし、コイツは天才だなという友人もいないので、真賀田四季の天才性の造形についてあれこれ言うことは出来ないのですが、一つだけとても気になったことがあります。

四季さんが少食だということです。
体を動かすだけでなく、頭を使うことにもエネルギーを使います。
これは天才であろうが凡人であろうが関係ありません。
脳の活動にはエネルギーが必要なのです。
四季さんは頭の中でいくつかの人格を転がしていたり、通常の人間の何倍もの処理能力を発揮したりしていたので、かなりエネルギーを消費しているはずです。
それなのにそのエネルギーの補充が十分になされているようには思えませんでした。
絶対おなか空くと思うんですけどね。
どうやってエネルギーのバランスとってるんでしょうか。

それなりに楽しめた作品でしたが、「すべてがFになる」だけ読んでおけば大丈夫だろうという目論見がどうやら甘かったらしく、唐突な登場人物が多かったり、他の作品とのリンクが随所にあるように感じられてイマイチよくわからない部分もありました。
あと、やっぱり抽象的な部分が多くてちょっとしんどかったです。
森博嗣の初心者にはちときついかなという感じでした。

という事で、「秋」「冬」はもうちょっと別の作品を読んでから読もうと思います。
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2006年08月01日

いじめてくんなセファリック

そういえば、これを紹介するのを忘れていた。

4480036709いじめてくん
吉田 戦車
筑摩書房 2001-08




内容紹介はアマゾンになかったので省略


マンガです。
筑摩文庫から出てますけどマンガです。

ある兵器の話です。
ある状況になると大爆発を起こす危険な兵器です。

その兵器の名前は「いじめてくん」です。
思わずいじめたくなるような外見、挙動をしている兵器です。

いじめられると爆発します。
爆発するといじめた人を粉々にするほどの威力を持っています。

でもほとんど戦争では活躍していません。
一般の家庭で飼われていたり、タイに旅行に行ったり、火星に行ったりしています。

たぶんギャグマンガです。
でもかなりシュールというかブラックです。

ちなみに小生は読みながら大爆笑です。
タイの悪霊が大好きです。
タグ:読書 マンガ
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2006年07月31日

嘘猫とセファリック

4334737463嘘 猫
浅暮 三文
光文社 2004-09-10




内容(「BOOK」データベースより)
住み慣れた大阪を離れ、東京の広告代理店で働き始めたアサグレ青年。六畳一間の安下宿にある晩、転がり込んできた一匹の肥った猫は、翌日、五匹の子猫を産んで―。慣れない東京での生活に、生まれたての子猫まで抱え、アサグレ青年のてんやわんやの毎日が始まった…。懐かしくも愛おしい猫たちとの不思議な日々をリリカルに綴る、著者初の自伝的青春小説。


この作品、広告業界に入った青年が東京に出てきて・・・という点で、奥田英朗の「東京物語」とよく似ています。
青春時代を描いた自伝的小説であることも同じですし、全体から受ける印象はとてもよく似ています。
ただ違うのは、「東京物語」が主に「女性(との恋)」を通して青春時代を描くのに対して、「嘘猫」はタイトルから分かるように「猫」を通して描くのです。

「女性」と「猫」を比べると、やっぱり「猫」の方が部が悪そうです。
猫には色気がありませんし。
でも、「嘘猫」はふと転がり込んできた猫との生活を綴っただけのお話なのに、しみじみといい話でした。
猫とアサグレ青年の心温まる交流と、やがて来る別れがとても印象的で、単に自伝的青春小説と言ってしまうのはもったいない作品です。
確かに猫との生活を通してアサグレ青年の青春(?)が描かれていますが、猫の存在感はそれだけにとどまらず、猫の物語として読んでもすごく感動的です。

しみじみとした情感をうまく表現できる監督さんが映画化したら、とってもいい映画になるのではないかと思います。
ミニシアターでひっそり上映されて、あんまりたくさんの人はみないけど、見終わった人の顔がちょっと幸せになっている様子がなんとなく目に浮かびます。
タグ:読書
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2006年07月30日

太陽の塔とセファリック

内容(「BOOK」データベースより)
私の大学生活には華がない。特に女性とは絶望的に縁がない。三回生の時、水尾さんという恋人ができた。毎日が愉快だった。しかし水尾さんはあろうことか、この私を振ったのであった!クリスマスの嵐が吹き荒れる京の都、巨大な妄想力の他に何も持たぬ男が無闇に疾走する。失恋を経験したすべての男たちとこれから失恋する予定の人に捧ぐ、日本ファンタジーノベル大賞受賞作。


日本ファンタジー大賞受賞ですか・・・。
この作品のどこがファンタジーなの?というツッコミを入れたくなりますが、妄想をファンタジーと呼んでいいなら大賞に値する作品なのでしょう。

主人公は絶望的にもてない男で、せっかく出来た恋人にもクリスマスに太陽電池で動く招き猫を贈るという暴挙によって愛想を尽かされます。
この主人公のすごいところはここからで、彼女に振られた後に、その彼女を研究するとかいう名目でストーキングを繰り返し、研究レポートと銘打って何百ページにもわたる観察記録をまとめます。
そんな主人公にはお構いなく、今年もまたクリスマスは巡って来て・・・、とまぁこんな感じのお話です。

まぁ、この話を面白いと感じるかどうかは、この主人公の性格を受け入れられるかどうかにかかっているでしょう。
この主人公、ただ粘着質なだけでなく、自分の常軌を逸した行動を頭でっかちな理論で正当化します。
この言い訳がイタイのなんの。
この部分の常識とのずれみたいなものがこの作品の面白いところなのですが、ここをわざとらしいと感じて冷めながら読んでしまうとこの作品の面白さは半減というか、全滅ですね。

主人公のむかつくほどのイタイ言い訳を笑ってあげられる人はぜひ読んでみましょう。
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2006年07月29日

セファリックとクドリャフカの順番

4048736183クドリャフカの順番―「十文字」事件
米澤 穂信
角川書店 2005-07




内容(「BOOK」データベースより)
待望の文化祭が始まった。何事にも積極的に関わらず“省エネ”をモットーとする折木奉太郎は呑気に参加する予定だったが、彼が所属する古典部で大問題が発生。手違いで文集を作りすぎたのだ。部員が頭を抱えるそのとき、学内では奇妙な連続盗難事件が起きていた。十文字と名乗る犯人が盗んだものは、碁石、タロットカード、水鉄砲―。この事件を解決して古典部の知名度を上げよう!目指すは文集の完売だ!!千載一遇のチャンスを前に盛り上がる仲間たちに後押しされて、奉太郎は「十文字」事件の謎に挑むはめに!米沢穂信が描く、さわやかでちょっぴりホロ苦い青春ミステリ。
※追記 「氷菓」「愚者のエンドロール」に続くシリーズものです。


文化祭っていいですね。
小生も数年前はがんばって文化祭の準備をしてたなぁ。
なつかしいです。

まだまだ暑い夏のうちから準備を始めるのに、のんびりしてたら秋が来て、トラブルなんかも発生して、気がつけば直前になって大パニック。
でも、なんだかんだありながらもやっぱり本番までには何とかできて、数日間のお祭り騒ぎ。
いやー、ほんとになつかしいです。
朝早くから学校に行って、夜遅くまで残って準備する。
夜になってテンションが上がってくると、普段は見られない友人の別の顔が見れたりして・・・。
まさに青春ですね。

そんな青春を見事に描いた作品です。
青春ミステリとありますが、ミステリを取っちゃって青春小説としても十分に楽しめる作品だと思います。
ミステリ部分もよく出来ているんですけど、小生はむしろ青春小説として読んでしまい、「十文字事件」の犯人は誰か?というよりは、ちゃんと文集は完売するのか?という方に興味の対象がありました。
小生、甘酸っぱい青春者には弱いのです。

他にも、才能の有無に対するやるせない思いや、自分の信条に対する譲れない思いなんかも所々に出てきて、青春もののほろ苦さを演出します。

今回の作品は前2作とは異なり、語り手が古典部のメンバー4人で場面場面で入れ替わります。
それによって今まではホータローを通してしか想像し得なかった他のメンバーの心情を垣間見ることが出来ます。
千反田えると伊原摩耶花の中身は大体想像通りでしたが、福部里志の中身はちょっと意外でしたね。
もっと能天気かと思っていたら、結構複雑だったのね。
うん、これも青春。

それにしても、米澤穂信はミステリを入れ物にして青春物を書くのがうまいですね。
ミステリを入れ物にするといえば乙一もそうですけど、道具としてミステリ的要素をうまく使うと話がしまりますね。
純粋な、入れ物も中身もミステリという作品もいいですけど、それだけではたまに物足りなくなります。
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2006年07月28日

すべてがセファリックになる

4062639246すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER
森 博嗣
講談社 1998-12




おなじみの内容紹介は諸事情により割愛。
詳しくは本分参照のこと。


あらすじっていうのはどうにかならないもんなんですかねぇ。

小生、人に誇れるほどではないですが、ミステリと呼ばれるジャンルの本をそれなりに読んできました。
数をそれなりにこなせばやっぱりパターンと言うのは見えてくるもので、その謎の仕掛けられた「論理」などは分からなくても、「結果」だけは見えることがたまにあるんですよ。
今回もそのパターンでした。

本文を読みながら途中で気づく、というのならまだマシなんですが、今回は背表紙のあらすじだけで、途中の論理はすっ飛ばしてトリックと犯人が分かってしまいました。
トリックと犯人が分かってしまえば途中の論理も大体想像できるわけで、これはほんとに興ざめです。
小生は、ミステリを読むときは自分も謎を解決しながら読むのではなく、騙されながら読むのが楽しみなので、途中で分かってしまうのはあんまりうれしくないのです。

しかも、この作品の探偵役である主人公の性格が、「行為」のみに興味があって動機や背景にはあまり気を払わないというものだったので、作中で重要視されている部分は大体読む前に分かってしまうと言う何とも悲惨な感じの読書でした。

本を選ぶという過程で、やっぱりあらすじはなくてはならないものだと思うので、あらすじを無くせとはいえないんですが、やっぱりミステリのあらすじはちょっと気をつけて書いて欲しいなと思いました。

まぁ、あらすじについてのグチはこれくらいにしておいて、肝心の内容についての感想を書きましょう。

すったもんだはありましたが、面白かったです。
小生、何を読んだかは忘れたのですが、昔に森博嗣の作品を1作品だけ読んで、何かよくわからないことを書く作家だなぁと思ってそれ以来読んだことなかったのですが、少し後悔しました。
理系の作家さんらしく、「文章に」と言うよりは「セリフに」そして「トリックに」その信条とか哲学が表現されていて面白く読めました。

登場人物とか、舞台設定とかを読むと、「あぁ、これが西尾維新の原点なんだな」と言うことがよくわかります。
「孤島」、「天才」、「奇人」・・・いろいろなキーワードがあげられます。
ただ、森博嗣と西尾維新で違うのは、天才や奇人の集団に大学の助教授と言う同類項を放り込んだ森博嗣に対して、西尾維新はまったく異次元の存在である「戯言使い」を放り込んだことですね。
この「全てがFになる」を読むと、天才とか奇人の集団の中に敢えて「戯言使い」を放り込んだ西尾維新という作家はすごいと言うのがよくわかります。
作品としての完成度は圧倒的に「すべてがFになる」の方が高いと思いますけどね。

あらすじのせいで悲惨な読書になってしまった本書ですが、いい作品であったとはおもいます。
もっと森博嗣を読んでみようと思いました。
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2006年07月26日

平面いぬなセファリック

4087475905平面いぬ。
乙一
集英社 2003-06




内容(「BOOK」データベースより)
「わたしは腕に犬を飼っている―」ちょっとした気まぐれから、謎の中国人彫師に彫ってもらった犬の刺青。「ポッキー」と名づけたその刺青がある日突然、動き出し…。肌に棲む犬と少女の不思議な共同生活を描く表題作ほか、その目を見た者を、石に変えてしまうという魔物の伝承を巡る怪異譚「石ノ目」など、天才・乙一のファンタジー・ホラー四編を収録する傑作短編集。


なぜかめぐり合わせが悪く、乙一でもこの作品は読んでいませんでした。
読もうと思ったときになぜか本屋になかったんですよね。
他の乙一の集英社の作品が平台にうずたかく積まれているのに、なぜか平面いぬ。は棚にも一冊もないということがよくありました。
あと、乙一の作品で読んでいないといえば「暗黒童話」
これは巡り会わせというよりは内容の問題ですね。
なーんとなく手が伸びにくい内容なので読んでません。

で、やっと読めた「平面いぬ。」ですが、乙一の第一の転機と言える作品ですね。
ちなみに第2の転機は「GOTH」だと思います。

内容紹介では、ファンタジー・ホラー4編とありますが、この作品はホラー色は「石の目」にちょっとあるだけで、むしろその後の作品によく見られる「せつなさ」的な要素が大きかったですね。

「石の目」はホラーとミステリ的手法を使ってうまくまとめていて、まさに前期(平面いぬ。まで)乙一と中期(「GOTH」まで)乙一の橋渡し的作品です。
「はじめ」は乙一らしい作品。
今の乙一だったらもうちょっとうまくかけるんじゃないかなと思う部分もありましたが、透明感があっていい作品です。
読後感はいちばんいいんじゃないかなと思います。
「BLUE」は乙一にしてはちょっと珍しい作品です。
不思議な布で作られた5体の動く人形の話で、そのうち余りの布で作られた出来損ないの「BLUE」という人形が主人公です。
買われていった家で他の人形がとても大切にされる中で、BLUEだけは出来損ないなので、大切にされず・・・、というお話です。
周りとうまくやっていけない主人公は乙一の作品によく出てきます。
「Calling You」だとか「しあわせは子猫のかたち」だとか「暗いところで待ち合わせ」の主人公がその典型です。
ただ、この作品のBLUEは同じような境遇にいながらそれらの主人公とは根本的に違います。
BLUEは究極的にポジティブなのです。
そのポジティブさによって傷つくこともありながらそれでもBLUEはポジティブです。
いつもの乙一の主人公は傷つくことを恐れて究極的にネガティブになっているんですが、真反対です。
あまり書きすぎるとネタバレになってしまうのでこれくらいでやめておきますが、いつもの乙一の作品をいろんな意味で逆から眺めた作品だといえる点で、珍しい作品です。
「平面いぬ。」は随所に乙一のユーモアのセンスが散りばめられていておもしろかったです。
ストーリー運びはさほど目新しいわけではありませんが、特殊な道具を使って主人公の心情を描き出して読む人の心を揺さぶる作品でした。
やっぱりこれも乙一らしいと形容するしかないのかなという感じです。

全体的に見ても、やっぱり乙一らしい作品集でした。
それにしても「乙一らしい」ってのは便利な言葉です。
読んでるほうはさっぱり分からないかもしれませんが、書いてるほうにとってはこれほどしっくりくる言葉もなかなかありません。
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2006年07月22日

セファリックは踊る暗い腹の中踊る

4061824880少女は踊る暗い腹の中踊る
岡崎 隼人
講談社 2006-06-07




内容(「BOOK」データベースより)
連続乳児誘拐事件に震撼する岡山市内で、コインランドリー管理の仕事をしながら、無為な日々を消化する北原結平・19歳。自らが犯した過去の“罪”に囚われ続け、後悔に塗れていた。だが、深夜のコンビニで出会ったセーラー服の少女・蒼以によって、孤独な日常が一変する。正体不明のシリアルキラー“ウサガワ”の出現。過去の出来事のフラッシュバック。暴走する感情。溢れ出す抑圧。一連の事件の奥に潜む更なる闇。結平も蒼以もあなたも、もう後戻りはできない!!第34回メフィスト賞受賞!子供たちのダークサイドを抉る青春ノワールの進化型デビュー。


第34回のメフィスト賞受賞作です。

小生、あんまりメフィスト賞の作品は読んでないんですけど、ジュンク堂の宣伝コピーで、この作者を「乙一×エルロイ÷夢野久作=岡崎隼人」みたいな感じで形容していて、乙一の部分にキョーレツに惹かれてちょっと興味が出たので読んでみました。

で、読んでみると、ぜんぜん乙一じゃない。
まぁー、そこはかとなく感じられなくもないけどこれはぜんぜん乙一じゃない。
むしろ舞城だ。
これは間違いなく舞城王太郎だ。
誰が読んでも、百人が百人、この作品から舞城を感じ取るに違いない。
というぐらい舞城でした。

ジュンク堂のコピーに出てきた3人の作家は、作中で主人公が少女に買ってあげる本の作者なだけ。
ジュンク堂はもっとマシな式を考えろ!ってな感じでした。

作品自体は悪くなかったですよ。
舞城王太郎は小生すきですし。
ただ、この作品が好きかどうか問われると首を傾げざるをえませんが。
まぁ、なんと言うか、まだ幼い子どものいるお父さんとかお母さんとか、ほんとにいるのかは知りませんけど、世界は明るいものだとまだ信じきっている純粋なお子様なんかにはとてもじゃないけど読ませられません。
オビに「青春ノワール」と書いているだけあって、黒く、そして暗いです。

そこが岡崎隼人と舞城王太郎の大きな違いです。

舞台が地方であること。
会話分にそこの方言が多用されていること。
かなりバイオレンスなところ。
この2人の作家の共通点を挙げていけばかなりの要素を挙げられます。

ただ、決定的に違うのは舞城の文体が狂いに狂っているのに対して、岡崎の文体は理性的に狂っているところです。
舞城の文章は狂いに狂っているがゆえに圧倒的なグルーヴ感というか、疾走感があります。
だから、いかに激烈なバイオレンスがあっても、何か突き抜けているというか、極端に表現すると「青空」が感じられます。
一方で、岡崎は狂っているけど舞城のようなグルーヴ感はない。
あるのは冷静なまでの陰惨さです。
そこに見えるのは「どんよりとした曇り空」、もしくは「まったくの闇夜」といった方がいいでしょうか。
舞城が昼なのに対して、岡崎は「夜」です。
舞城は勢いに任せてバイオレンスですが、岡崎は落ち着いてバイオレンスです。

だからなのかもしれませんが、この作品はストーリーは結構しっかりしています。
ミステリとしても悪くない出来です。
舞城の「煙か土か食い物か」みたいに無茶苦茶ではありません。

この作品の帯にあったコピーの「青春ノワール」のうち、ノワールはいいんですが、青春があんまりグッとこなかったのが残念でした。
なくしたものを取り戻したい気持ちは分かるけど、小生にはちょっと感情移入は出来ず、「青春」の部分ではこの作品はあんまり評価できませんでした。

この作品はどうしても舞城と比べてしまうので、本当のオリジナルと呼べるような作品を読んでみたくなる作家でした。

それにしても、この作品を久しぶりに晴れた土曜日の朝から読んでしまったのはやっぱりミスだったかなぁ。
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2006年07月21日

まほろ駅前多田便利軒セファリック

4163246703まほろ駅前多田便利軒
三浦 しをん
文藝春秋 2006-03




出版社 / 著者からの内容紹介
東京のはずれに位置する‘まほろ市’の駅前にある便利屋「多田便利軒」に舞いこむ依頼はどこかきな臭い。多田と行天コンビの魅力満点の連作集!


4月の頭くらいから買おうかどうか悩んで結局見送ったこの作品ですが、直木賞受賞を機に買ってみました。

で、読んだ感想ですが、まぁ初めにサクッと言っときましょう。
これは直木賞をとるような作品ではないと思います。

小生、三浦しをんは結構好きですし、この作品も悪くなかった、というか面白かったのですが、直木賞とる作品ではありません。
他の候補作は「砂漠」しか読んでなくてこんなこと言うのも何なんですが、何でこの作品が直木賞なのか分かりません。
ほんとに、文藝春秋から刊行されてることぐらいしか受賞理由が思い浮かびませんよ。
明らかに「砂漠」の方が面白かったです。
まぁこれは小生の伊坂びいきからかもしれませんが。

それに、よく考えたら小生はあんまり直木賞の作品を読んでいないので、もしかしたら直木賞の選考委員の方々はこんな感じの作品がすきなのかもしれませんね。
選評を読んでみたいですね。

とまぁ、こんなに批判ばっかり書いてたら面白くないのかと思われてしまうかもしれませんが、作品の名誉のために書いておくと、面白いですよ。
ただ直木賞に値するほどの面白さかと言われるとちょっと怪しくなるだけです。

あらすじは、東京近郊のまほろ市の駅前で便利屋をやっている多田のところに高校の同級生の行天が転がり込んできて、バツイチ独身男二人で便利屋をやりまっせーみたいな話です。

ただ、このあらすじから感じられるほど軽い話ではありません。
そこは三浦しをんらしいというかなんと言うか、個々の短編もそして作品全体としての雰囲気も、落ち着いているというかしっとりしているというか、まぁとにかくカラッと軽い感じではないです。
作品全体としてのテーマも、家族だとか、魂の再生だとか結構重いですし。

まぁ、この辺のエンターテイメントでありながらも重いテーマ性があるというところが受けたのかもしれませんが。
でも直木賞って純粋にエンターテイメントとして面白いものに与えられるべきじゃない?と思うのは小生だけなんでしょうか。
芥川賞と対になっている意味はそうじゃないのかなぁ。

まっ、そんなことはいいです。

とにかくいろんな意味で三浦しをんらしい作品でした。
主人公がバツイチ独身男二人という時点でかなり三浦しをんテイストがむんむんしてますが。
そんな感じで、普通の読者には普通の読者なりの楽しみ方があり、コアな三浦しをんファンにはそれに加えて別の楽しみ方がある、そんな作品です。
小生は普通の読者ですが、コアなファンであればあるほどこの作品は受けるんじゃないかなと思います。
それが何を間違ったか直木賞を取ってしまうなんて。
うーん、不思議だ。
不思議だ不思議だ。
タグ:読書
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2006年07月18日

セファリックは夜と遊ぶ

4061824295子どもたちは夜と遊ぶ(上)
辻村 深月
講談社 2005-05-10




4061824309子どもたちは夜と遊ぶ(下)
辻村 深月
講談社 2005-05-10




内容(「BOOK」データベースより)
優しく触れようとしても壊してしまう、大人になりきれない子どもたちは、暗い恋の闇路へと迷い込んでしまった…。同じ大学に通う仲間、浅葱と狐塚、月子と恭司。彼らを取り巻く一方通行の片想いの歯車は、思わぬ連続殺人事件と絡まり、悲しくも残酷な方向へと狂い始める。掛け違えた恋のボタンと、絶望の淵に蹲る殺人鬼の影には、どんな結末が待っているのか。(以上上巻)
もう、一人の夜には帰りたくない―。残虐非道な事件に潜む、孤独な殺人鬼と彼を操る共犯者の存在。罪の意識に苛まれながらも、二人の間で繰り返される恐ろしい殺人という名の遊びは、一体いつまで続くのか!?そして傷つけずには愛せない、歪で悲しい恋の行方の結末とは…。辛い過去を孕んだ事件の真相は少しずつ解き明かされ、漆黒の闇を照らしていく。(以上下巻)


まず初めにはっきり言います。
小生はこの作品大嫌いです。
大嫌いな理由はいろいろありますが、それはまた追々書きましょう。

ただ、何事にも大嫌いとは言っても、すごいものだと認めざるをえないものもあります。
この作品もそうでした。
頭の中では、くそー、こんな作品小生は認めん!と思いながらもページをめくる手は止まらないみたいな。
まったくもって許せません。
やらなければいけないことを放っといて、上下巻を1日で読んでしまいました。
まったくもって自分も許せません。

まぁ、そんなことはいいのです。
結局何が言いたいのかと言うと、この作品は、大嫌いだと公言してはばからない小生でさえ評価するほどのすごい作品だと言う事です。

まぁ、何がすごいのかと聞かれるとちょっと困りますが。
敢えて挙げるなら、やはり心理描写なのでしょうか。

舞台は大学です。
物語の中心にいるのは狐塚と言う工学部の秀才学生なのですが、彼を中心に登場人物の糸が縦糸横糸からまり、まぁ事件が起きるわけですね。
とは言っても、物語の主人公というかトラブルメーカーは微妙に狐塚ではなく、彼はほんとに登場人物の中心に立ってるだけなんですよ。
で、彼を中心に登場する人物が皆よく描かれています。
物語において重要な役を果たす人から、それなりの役を果たすだけの人までいろいろいますが、その役の大小に関わらず、その人物の内面が良く描かれていて、またそれがうまく物語の進行に関わってくるのです。
その辺りの技術は本当にうまかったです。

あと、うまかったと言えば下巻の中盤からラストに至る前くらいまでのストーリーの展開もうまかったです。
そう来るかっ、ってな感じで、えげつないくらいうまかったです。

とまぁ、ほめるのはここくらいまでにして、あとは嫌いな理由を滔滔と述べましょう。

この嫌いな理由の部分には微妙に小さなネタバレが無きにしも非ずなので読みたくない人は読まないでおきましょう。
以下空白をしばらく空けておきます。
















まず、上記のえげつないくらいのうまさに大いに関係あるんですが、作中にでっかい叙述トリックがあるんですね。
小生、基本的に叙述トリックは許せます。
「GOTH」だとか「葉桜の季節に君を想うということ」とか叙述トリックがメインの話も好きです。
騙されるのは嫌いじゃありません。
ただ、今回の叙述トリックはいただけません。
もうこれは叙述トリックと言うよりウソです。詐欺です。
気づいたときはあまりの怒りと言うか悔しさに布団をバンバンはたいてしまいました。
まぁ、その怒りの半分は作品に、もう半分は気づけなかった自分に、ですけど。
途中何度か不審に思ったことがあったのですが、まさか叙述トリックが仕掛けられているとは露ほども思っていなかったので深く気に留めませんでした。
うーん、やっぱり小生もまだまだ甘いです。

あと嫌いな理由としては、謎の収拾の仕方です。
最後まで引っ張った謎のオチがうまくなかったですね。
これはミステリーとしては致命的です。
いろいろ引っ張って気を持たせたのに、それが明かされる頃にはその謎の重要性は薄れていて、結局あとづけの理由みたいなものしか語られない。
小生にはいただけいませんでした。
とは言え、一応伏線も張られてたし、悪くないレベルなのかもしれませんが。
何と言っても叙述トリックのインパクトが大きすぎましたね。

あと、ストーリーの中だるみ。
上巻の途中くらいで話が中だるみしちゃって読むスピードが遅くなってしまいました。
まぁ、中だるみはこの作者さんの特徴みたいですけど。
もうちょっとしまった話にすることも出来なくはないんじゃないのかなという気もします。

その他もろもろツッコミどころが多かったです。
ただ、何度も書いているように、それを補ってあまりあるすごさがこの作品にはありました。
読んでみて損はないとは思います。

ただ、読むときはミステリーとしては読まないほうがいいと小生は思います。
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2006年07月16日

へうげものなセファリック

4063724875へうげもの 1 (1)
山田 芳裕
講談社 2005-12-22




406372512Xへうげもの 2 (2)
山田 芳裕
講談社 2006-04-21



【出版社/著者からの内容紹介】
へうげ→ひょうげ【剽軽】ふざけおどけること。(広辞苑より)
群雄割拠、下剋上の戦国時代。
立身出世を目指しながら、茶の湯と物欲に魂を奪われた男がいた。
織田信長の家臣・古田左介(ふるたさすけ)。
天才・信長から壮大な世界性を、茶聖・千宗易(利休)から深遠な精神性を学び、「へうげもの」への道をひた走る。
生か死か、武か数奇か。それが問題だ!!


珍しく漫画です。
小生が漫画を読むのは珍しくないのですが、ここで紹介するのは珍しいですね。

それくらいこの本は面白かった。
もう抜群です。
絶対読まないと損です。

主人公の古田左介は後の古田織部正重然。
そう、北村薫ファンならおなじみの「織部の霊」に出てくる織部ですよ。
まぁ、この部分はマニアックなので分からなくてもいいですが。

「織部の霊」も面白いですが、この「へうげもの」も抜群に面白いです。
どこがどう面白いとか言うのがはばかられるほどおもしろいです。
もう、これは読めとしか言いようがありません。
ぜぜぜぜぜひ読みましょう。

ちなみに「織部の霊」は「空飛ぶ馬」収録です。
4488413013空飛ぶ馬
北村 薫
東京創元社 1994-03



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2006年07月14日

失はれるセファリック

4044253064失はれる物語
乙一
角川書店 2006-06




内容(「BOOK」データベースより)
目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故により全身不随のうえ音も視覚も、五感の全てを奪われていたのだ。残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。ピアニストの妻はその腕を鍵盤に見立て、日日の想いを演奏で伝えることを思いつく。それは、永劫の囚人となった私の唯一の救いとなるが…。表題作のほか、「Calling You」「傷」など傑作短篇5作とリリカルな怪作「ボクの賢いパンツくん」、書き下ろし最新作「ウソカノ」の2作を初収録。


再読です。
初収録の「ボクの賢いパンツくん」と「ウソカノ」のために購入しました。

ちなみに、「マリアの指」以外の作品は角川スニーカー文庫でも出版されているので、言ってみればこの「失はれる物語」は乙一のベストアルバムみたいなものです。
ライトノベルっぽくてスニーカー文庫に手が出ない人のために、大人っぽい装丁で買いやすくしてみました的な意図で作られた作品です。
まぁ、微妙な意図ですが、乙一の裾野が広がるのはいいことだと思うので良しとしましょう。

買って損はないと断言していいほど、収録作品のクオリティは高いと思います。
特に小生が好きなのは「しあわせは子猫のかたち」と「手を握る泥棒の物語」ですね。
「しあわせは子猫のかたち」は同じく収録されている「Calling You」と並んで『切なさの達人』としての乙一の極致ともいえる作品だと思います。
間違ってグロい系の乙一を読んでしまってトラウマになった人はぜひ読んでみましょう。

「手を握る泥棒の物語」は主人公のドジっぷりと読後感がいいです。
これまたどんでん返しが乙一らしいナイスな作品です。

今回初収録の「僕の賢いパンツ君」と「ウソカノ」はどちらも乙一らしいとしか言いようのない話ですね。
前者はちょっとバカらしく、後者はちょっとイタい話ですが、ラストはちょっと切なさを誘います。

乙一の奇才には触れてみたいけど、グロいのはちょっと・・・という人にオススメです。
最後にもう1回。
買って損はないと小生は断言しましょう。
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