2005年11月13日

今日はまじめにセファリック

今日はセファと会っていないのでネタはない。

毎日セファのことばかり書いていてもアクセス数はまったく伸びないし、これではセファのアホさを全世界に知らしめると言う小生の野望が達成できないので、たまにはまじめなことでも書いてアクセスアップを狙おうかなどと考えている。
セファがクラシックミュージックについてホームページでなにやら書いているので、小生は本について書こうと思う。
小生、顔に似合わずなかなかの読書家である。
だが最近はあまり新しい本を読んでいない。
昔読んだことのある本ばっかり読んでいる。

そんな小生久しぶりにハードカバーの本を買った。
大学生の小生にはハードカバーの本は少々高すぎなのでなかなか買わない。
そんな小生が買った本とは、ずばり伊坂幸太郎の「魔王」である。
あのエソラの創刊号に載っていたやつである。
小生、実はエソラ掲載時に魔王は読んでいたのだが、続きがエソラの第2号に載っているのを知らなかったため、読みたくなって思わず買ってしまった。
税込み1300円と言うちょっとお手ごろなお値段も小生の背中を後押しした。

まぁ、このあたりまでが前置きである。
いつもそうだが、小生の文章は前置きが長い。
そんなことは気にせずに、本題の書評に入るとします。

この「魔王」、どんな話か一言で言い表すと、「微妙な超能力を持った兄と勘が鋭い弟とファシズムと鷹」の話である。
無茶苦茶だと思った人もいるかもしれないが、うん、まさにぴったり。
伊坂幸太郎の話にはとりあえず無茶苦茶な組み合わせが大量に出てくる。
それらの一見うまくはまりそうにないパズルのピースが、物語の最後で見事に1枚の絵を作るのが伊坂幸太郎の物語の魅力の1つで、わかりやすく言うなら、作者の解説付きの寓話と言う感じである。
しかし、今回の「魔王」に解説はついていない。パズルのピースが提示されて終わりという幹事である。
テーマが現代(数年後)の日本であることもあって、まさに寓話と言う感じである。
読者の視点によってさまざまな見方が出来る面白い話である。と思う。
今までの伊坂作品とは少し毛色が違うが、小生はかなりいい作品だと思う。

小生ネタばれによって本を読むときの楽しみが削がれるのは大嫌いである。
よって、以降はネタばれ的な内容になるので、続きを読むで隠します。
読みたい人は読んでください。小生が思うに、この物語のテーマは「考えろ!」である。お兄さんがよく言っていたやつである。
この物語の一般的な見方としては、犬養(ファシスト的な政治家)を悪者として、主人公兄弟をその悪者と対決する善玉とするだろう。
しかし、本当にそうだろうか?
ファシスト的とはいえ、犬養は何も悪いことはしていない。むしろ政治家として理想的とも言えることを次々としている。
では犬養は悪者ではないのだろうか?
小生の答えはイエスである。犬養は悪者ではない。
犬養がファシストであろうとなかろうと、犬養をファシスト的にしているのは大衆である。
恐いのはファシストではなく、むしろ何も考えずになんとなく犬養を支持する大衆である。と思う。
つまり、主人公兄弟が対決する相手は犬養ではなく、大衆なのである。これは特に弟のほうに顕著だと思う。
一人ひとりが考えることをやめずに、自分の頭でちゃんと考えて決定し、その決定に責任を持つことが出来たら立派ですよ。そうすれば個人のレベルはともかく、社会全体として間違った道に進むことはないのではないか。と言うことが最終的に小生の頭の中に残ったことである。
つまり、とにかく考えろと言うことだ。
だから、この物語のなかで国民投票の結果がどうなったとか、犬養がどうしたとか、弟君が何したとか言うことが示されていないのだと思う。
まさに解説なしの寓話である。
寓意は自分で考えて探してねという感じがする。

まっ、作者は寓意などまったく込めておらず、ただのエンターテイメントとして書いただけかもしれないですけど。
でも、作品から何を読み取るかは読者の勝手なので別にいいでしょう。

そろそろ本気で直木賞を取りに来たかなぁ、という感じも少しした。
posted by Aorta at 00:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 ひとりひとりが真剣に考えたら、社会全体がうまくいく、というわけには必ずしもいかないと僕は思うけど…。世の中色んな人がいるし。この本読んでないからそう思うんかな。あるいは、僕って疑り深いんかな(笑)。
Posted by セファ at 2005年11月18日 18:28
まぁ、そこは民主主義で多数決の社会だからね。みんなが真剣に考えれば、全体としてはいい方向に進めるのではないかと思ったわけです。
とはいえ民衆が常に正しい選択をするとは限らないし、間違えることもあるだろうけど、間違いに気づけばみんなで修正していけば何とかなるのではないかと、そう小生は楽観的に考えるのです。
Posted by aorta at 2005年11月19日 22:41
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