2006年08月12日

遮断するセファリック

4104629022遮断
古処 誠二
新潮社 2005-12-20




内容(「MARC」データベースより)
昭和20年5月、沖縄。防衛隊から逃亡した真市は、戦友の妻で、幼なじみのチヨと再会する。行方不明だというチヨの子どもを探しに部落へ戻る2人に拳銃を向けてきたのは、友軍の少尉だった。『小説新潮』連載の単行本化。


一部で評判がよいみたいなので読んでみました。
古処誠二を読むのは初めてです。
確か「分岐点」だったと思いますが、図書館で手に取ったことはあるのですが、最初の数ページくらい読んで結局棚に戻した記憶があります。

小生、戦争の話はあまり得意ではないのです。
なんと言うか、エンターテイメントとしてどうなの?という気がしてしまうのです。
楽しみを求めて読む本で気持ちが落ちてしまうのは本末転倒です。
ただ今回は、終戦記念日が近いこともあり、エンターテイメントとしてよりは時事的なものとして読みました。
最近小生は思うのです。
自分は戦争のことについて知らなさ過ぎるなと。
これではダメだなと。
NHKで戦争についての番組をやっていても知らないことばかりです。

何で知らないのか。
一番大きな理由は学校で教えられないからでしょう。
ひとえに学校教育のせいにしてしまうのもかわいそうな気がしますが、それでもやっぱり学校教育の責任はかなり大きいと思います。
日本史の授業で日中戦争から太平洋戦争にかけて習うことといえば、「日本が盧溝橋を自ら爆破して日中戦争を始めて、日中戦争がドロ沼化して日本が国際社会から孤立し、にっちもさっちも行かなくなって真珠湾を攻撃して太平洋戦争が始まり、最初の方は調子よかったけど途中からどんどん反撃されて、日本中空襲されるようになって、挙句の果てには原爆を落とされて終戦。時代の流れも読めずに戦争に突っ走った日本の指導部の人たちはアホでした。A級戦犯といわれる人たちは悪者です。とにかく日本が悪かったです。これからは悔い改めて戦争がないような世界を目指してがんばります。」とまぁ、こんな感じでしょうか。
果たして、これで本当にいいのでしょうか?
これではダメだ。
もっといろいろなことを知らねば。
知らないことが一番の悪だ。
という事で、最近はフィクション・ノンフィクションに限らず、ちょっとずつ戦争に触れるようにしています。

という事で、前置きが長くなりましたが、古処誠二「遮断」です。

沖縄戦のさなか、それぞれの思惑を抱えて一緒に戦線を超えようとする、一人の沖縄人脱走兵・一人の母親・一人の帝国陸軍少尉、合わせて3人の物語です。
語り手は一人の脱走兵。
癌で余命いくばくもなくなった彼が、老人ホームで手紙を受け取ることから物語りは始まります。
その手紙を読みながら回想される彼の戦争。
回想の合間合間に送られてきた手紙の文章が1行ずつ挟まれます。

とてもよかったと思います。
フィクションとは思えないほどのリアリティがある文章で圧倒されました。
ノンフィクションだといわれて読んだら、小生はきっと信じたでしょう。

沖縄の人が脱走兵という立場から見た戦争。
そして、その沖縄の人をひたすら罵倒し続ける帝国陸軍少尉。
立場はまったく逆の二人が、お互いの利益が一致するという理由で行動を共にするので、随所で価値観が衝突し、そのことによって戦争というものがうまく浮き彫りにされていたと思います。

また、戦場での兵士同士の戦いがクローズアップされる戦争において、沖縄という戦場に残された家族のことを描いているのも印象的でした。
普通の民衆が生活している町が戦場になると、こんな悲劇も起こりうるのかと衝撃的でした。

最後に印象に残った少尉の言葉を引用します。

「故郷は無理でも靖国には行ける。靖国に行けば陛下が頭をさげてくださる。いいか沖縄人、よく聞けよ。この俺に陛下が頭をさげてくださるのだ。たとえ昭和が終っても、皇太子殿下が頭をさげてくださる。殿下の時代が終わろうと同じだ。いつまでも俺たちに黙祷してくださる。ならば親も納得してくれるさ」

この言葉を今の日本人はどう受け止めるべきなのでしょうか。
今の昭和天皇が昭和50年に最後に参拝して、今上陛下は即位後に靖国に行ったことはないと思います。
「皇太子殿下が・・・」という少尉の想いはかなえられていません。
この状況を作ったのはいったい誰なのでしょう。
A級戦犯を合祀した靖国神社?
靖国参拝をしきりに非難する中国や韓国?
周囲の反対を押し切って靖国に強硬に参拝する小泉首相?

それぞれに責任はあるような気がしますが、一番責任が大きいのは戦争をしっかり見つめようとしない無責任な日本国民なのではないでしょうか。
自分もその一人として反省しなくては、とつくづく思いました。

殺したくもないのに人を殺し、殺されたくもないのに人に殺される。
そんな戦争には行きたくありません。
行きたい人なんていないでしょう。
ただ、そのことと、国を守る・大切な人を守るということの間に挟まれたら自分はどうするのだろうか。
そんなことも考えたこともないのに戦争反対なんて軽々しく言うのは、国のために戦争で心ならずも亡くなった人に対して失礼を超えて侮辱ですらある。
そんな風に小生は思うのです。
ラベル:読書
posted by Aorta at 23:34| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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古処誠二【遮断】
Excerpt: お恥ずかしいことに、私は著者名の読み方がわからず、図書館で50音順に並んだ書棚の前を何度も行ったり来たりして、「こ」で探すべきか、「ふ」で探すべきか……と考えていたのだった。 「こどころせいじ」..
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