2006年01月27日

ブログを開設したセファリック

タイトルどおり、セファがブログを開設したそうですよ。
記事の内容がタイトル通りなんて、このブログではなかなかないことですよ。

肝心のセファのブログですが、小生が作るように勧めました。
セファは「爺さんが来たとか来なかったとか」みたいな変なタイトルのホームページを持っているのですが、最近めっきり人が来ず閑古鳥が鳴きまくっているらしいので、活性化のためにブログも作ってみたらどうだと小生が勧めたわけです。
小生はなんて友達思いでいい人なんでしょう。
まあそんな冗談はともかく、セファに負けないブログを作るために小生も精進していきたいと思います。
そんな小生のブログも白夜行効果で今日中にアクセス数が600に達しそうです。
500はあっけなくスルーされてしまったので、その無念をぜひ600で果たして欲しいです。
回りくどい言い方ですが、つまり、600を踏んだ人はぜひコメントなりをして欲しいということです。

とは言え、小生これからタイのバンコクに旅立ちます。
大学の友人と旅に出るのです。
セファも来ないかと誘ったのですが、正月にタージマハールに帰省したからもういいやと断られました。
しばらく更新はありませんが、来週中には帰ってくるのでまたその頃お会いしましょう。
帰ってきたらタイ旅行記でも更新しますか。
posted by Aorta at 17:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 観察日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白夜を行くセファリックその3の3

また書き忘れたことがあったので白夜行の記事第3弾です。
もういい加減にしろという声が聞こえてきそうですが、お付き合いくださいませ。

今回は笹垣について思ったことを少し。
とにかくドラマ版の笹垣は鋭いです。
決定的な証拠も特にないはずなのに、今の時点でほぼ真相にたどり着いているといえるでしょう。
こんなに鋭い笹垣さんがあと6,7年も亮司と雪穂のシッポをつかめないとは信じられないくらいです。
まあ、ここではそれは置いておきます。
今気になっているのは、笹垣がまったく事件の動機の部分に触れようとしないことです。
ドラマ版では事件の動機は初回で明かされていて自分はもう知っているので、自分を笹垣に投影する際に彼も動機を知っていると思いがちですが、よく考えてみると笹垣は動機を知らないはずです。
それだけでも普通は事件解決のために動機は何なのか考えるでしょう。
しかも、事件の容疑者はあの2人だと自分の中では確信していて、しかもその2人が被害者の息子と容疑者の娘という特異な状況を考えれば、もうこれは動機に好奇心を抱かない方がおかしいでしょう。
それなのに、笹垣が動機について調べるもしくは考えるといった場面はほとんどなかったような気がします。
笹垣が亮司の母に会いに行く場面がたくさんあるのに、そのとき亮司と父の関係について聞いたり、亮司と雪穂について聞いたりする場面はなかったような気がします。
もしかしたらあったかもしれませんが、記憶に残っていないので大した場面ではなかったと思います。
笹垣さんは事実にしか興味のないタイプの人間なのでしょうか。
とは言え、笹垣による動機の解明はドラマの重要なファクターになるはずです。
これからどのように描かれるのか楽しみです。

とまあ今回はこんな感じです。
たぶん白夜行第3回についての記事はこれで終わりです。
ながながとお付き合いいただいてありがとうございました。

参考に過去の記事を。
「白夜を行くセファリック」
「白夜を行くセファリックその2」
「白夜を行くセファリックその2の2」
「白夜を行くセファリックその3」
「白夜を行くセファリックその3の2」
posted by Aorta at 13:50| Comment(0) | TrackBack(3) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白夜を行くセファリックその3の2

そういえば、前回の記事で船に乗って亮司が死んだことにするという偽装工作について書いておくのを忘れました。
ということで、白夜行の記事第2弾です。
この偽装工作は笹垣の追及を逃れるためのものだと思うのですが、これも松浦の指示なのでしょうか。
原作でも、本格的に家を出てからは名前を変えたりして「桐原亮司」は半分死んだようなものでしたが、ここでわざわざ死亡を偽装する必要があるのかは小生にはギモンです。
笹垣は亮司の顔を知っているわけで、書類上死亡したことになっても、笹垣が亮司を見つけてしまえば終わりなわけです。
亮司が死亡したことで笹垣があきらめるならよいのですが、どう考えても笹垣はそんな生易しい性格ではありません。
むしろ都合のよすぎる死を不審に思って、さらに厳しく亮司を追いかけるようになるでしょう。
それなら別に死亡を偽装しなくても名前を変えてどっかで生活すればいいんじゃないでしょうか。
死亡届ももちろん偽造なわけで、どう考えても調べればアシがつくに決まってます。
亮司本人にしたところで、自分が乗って死亡したとされる船が出港した後も自宅周辺をうろついてるわけですから、いつ見つかってもおかしくないわけです。
さらに言うなら、亮司は必ず雪穂のそばに現れるわけで、原作と違って今の段階で笹垣は亮司と雪穂に対してほぼ確信といえる疑いを持っているので、亮司を見つけようと思ったら、笹垣は雪穂をマークしておけばよいわけです。
笹垣が亮司を見つけてしまえば、死亡したとされる人間が生きているわけですから、何らかの理由をでっち上げて事情聴取なり逮捕なりをしてしまえば笹垣の勝ちです。
材料はいくらでもあるでしょう。
今は笹垣の言うことをまったく聞いていない警察ですが、亮司の都合のよすぎる死と、その偽装工作を知ればいくらなんでも腰を上げるでしょう。
亮司が捕まれば、芋づる式に雪穂もアウトです。
まさに「あんたがコケたら私も終わり」です。

亮司の死の偽装工作は、そんな危険いっぱいのかけに小生は思えます。
でも、冷静かつ慎重な雪穂がたいそう喜んでいたのできっと大丈夫なのでしょう。

とにかく、この偽装工作は笹垣の追及から逃れるためという理由では小生は到底納得できません。
あっと驚くような真の目的が明かされるのを小生は次回以降に期待しましょう。

とまぁ、またまたいっぱい書きすぎてしまいました。

参考に過去の記事を。
「白夜を行くセファリック」
「白夜を行くセファリックその2」
「白夜を行くセファリックその2の2」
「白夜を行くセファリックその3」
posted by Aorta at 02:21| Comment(0) | TrackBack(1) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月26日

白夜を行くセファリックその3

毎週恒例、白夜行です。
今回も見終わってすぐの更新です。
気合入りまくりです。

今回は1つの山場を迎え、大きな意味を持つ1回になりましたね。
まずは、全体的にみた感想を書きます。
今回は、前半部分は原作読者にはフラストレーションがたまる内容だったと思います。
3話目にして武田鉄也演じる怪しい大阪弁の笹垣刑事がいきなり核心をつく発言をポンポンして、亮司と雪穂をとことん追い詰める。
亮司は相変わらずヘタレで、渡部篤郎演じる松浦の言いなりになって悪いことをやっている上に、トラブルになるとすぐ雪穂を頼る。
いつまでこんな感じが続くのか、正直もういい加減にしてくれと思いました。

そのフラストレーションを幾分解消してくれたのが自首の流れからの後半部分でした。
ここでの亮司と雪穂のやり取りで、亮司は良心を捨てる決心をします。
ここで今までのヘタレ具合がいいスパイスとなって効いてきます。
まぁ納得できるかはともかく、うまい演出と認めざるを得ないでしょう。
そして、最後の部分で亮司は「死人」として生きることを選択します。
これも笹垣にかなり追い詰められていたことが効いてきます。
これも納得できるかはともかく、うまい演出だと思います。

全体的にみると、こんな感じです。
次回以降に期待を持たせるいい出来だったと思います。

それでは、次に細かい部分を見て行きたいと思います。
前回までにつらつら書いたことがとりあえずうまく帰結したので、今回はおおむね好意的に捉えています。
まず、松浦について。
ちょっとでしゃばりすぎです。原作では、最初と真ん中くらいにしか出てきません。
今回松浦が亮司にやらせていたことは、原作ではすべて亮司一人でやっていますし。
ただ、高校卒業までの亮司があの体たらくでは誰かが亮司を引っ張らなければいけないわけで、その意味ではこの松浦のでしゃばりは必然的でしょうか。
たぶん松浦についての帰結は原作と同じになるでしょう。
そこまでに亮司が松浦とどのような関係を持って生きていくのかは見所の1つだと思います。
まさか、このまま松浦の言いなりに亮司が動くと言うことはないでしょうし。
そんなのだったら、小生許しません。

次に、菊地くんのタレこみ。
前回、かなり気を持たせるヒキだったのに、何かあっけなく処理されてしまいましたね。
あんなのだったら、いっそのこと前回のシーンに入れちゃえばよかったのではないかと。
菊地くんも、そんなにすぐ気づくんだったら初めから騙されるなよとツッコミたくなったのですが、まあ笹垣が早く真相に到達するためにはこれまた必要かなと言うところですね。
よく考えてみると、ドラマでは事件のとき映画のチケットを渡したのは亮司本人ですが、原作では雪穂らしき女の子が犯人とされた少年の母親にチケットを渡すというかなり手の込んだ形になっていたと思います。
ここら辺にも笹垣が真相に近づきやすくなるような仕掛けが施されていますね。

最後に、教会での場面。
ここは賛否両論あるのではないでしょうか。
小生は、上でも書いたように、全体としての流れはよかったと思います。
ただ、キリストさんを目の敵にしているのは正直どうなんだろうと思いました。
「あのおっさんは私を救ってくれなかった」とか言っていますが、そんなのただの八つ当たりじゃないかと小生は思うのですよ。
小生は特定の宗教を信仰しているわけではないし、宗教について詳しく勉強したこともないので詳しくはわからないのですが、宗教に現世利益を求めるのは間違いではないかと。
「信じるものは救われる」とよく言います。
これは「信じる=救われる」ということではもちろんないでしょう。
そんなのだったら世界中でキリストさんが崇め奉られているはずです。
小生の解釈ではこれは「信じることで救われる」ということだと思います。
いいことがあれば「神様のおかげだ」と思い、悪いことがあれば「神様が与えたもうた試練だ」と思い、ひたすら神を信じ続け、いいことがあっても悪いことがあっても「最後にはきっと救われる」と思えること自体が救いなのではないでしょうか。
実際の教義では最後の審判で天国にいけることが「救い」なのかもしれませんが。
そう考えると、何一つ救われないことで「信じる」ことをやめた雪穂がキリストを責めることはやっぱりお門違いだと思うのです。
キリストが救ってくれると信じている間は、雪穂はその思いによって実際救われていたはずですし、信じることをやめた時点では、雪穂とキリストの契約は解消されているわけで、雪穂にとってキリストはいない人のはずです。
いない人を責めるのは八つ当たり以外の何者でもありません。
現世利益を求められるほど宗教は生易しいものではないでしょう。
とまぁ、もっと考えたことはあるのですが、うまく文章にできないし、ホントに宗教に造詣の深い人に突っ込まれるのもやぶへびなのでこのくらいでやめておきます。
個人が宗教についてどうこう思うのは自由だと思うのですが、テレビというマスメディアでああいうシーンを放送するのはどうかなと小生思ったのです。

そんなこんなで「白夜を行くセファリックその3」も終了です。
次回予告では、とうとう小生が楽しみにしていた亮司以外の男性への雪穂の恋が描かれそうです。
かなり楽しみです。
ということで、ここまで読んでくれてありがとうございました。
来週もたぶんやるのでよかったら見に来てください。

参考に、
「白夜を行くセファリック」
「白夜を行くセファリックその2」
「白夜を行くセファリックその2の2」
posted by Aorta at 23:22| Comment(0) | TrackBack(6) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

プリンタと格闘する者に○なセファリック

今日は午前中からテストがあり、久しぶりに早起きをする。
テストを無難にこなし、昼ごはんを食べてからセファの部屋に押しかける。
セファが何やらパソコンで仕事をしていたので、微妙に邪魔しながら小生は優雅にカザルスを聞きながら読書をする。
小生、何ておしゃれなんでしょう。

そんなこんなでセファの仕事が終わり、セファは作った書類(12ページ)を印刷しだす。
最初のほうは順調にプリンタもこなしていたのだが、途中から急に反旗を翻しだす。
紙を飲み込まなくなったり、紙詰まりを起こしだすのである。
セファが「頼むから頑張ってくれ」とプリンタを拝み倒す。
小生は「詰まれ、詰まれ」と念じる。
もちろん小生とセファでは日ごろの行いのよさが違うので、プリンタの神様は小生の願いを聞き届けてくれる。
持ち主に似ず、場の空気をちゃんと読めるナイスなプリンタである。

このままでは埒が明かないので、仕方なく小生「詰まれ」と念じるのをやめる。
そうすると、プリンタもよく分かっていて、ちゃんと動き出す。
誰に従うべきなのか分かっている、分別もちゃんとある優秀なプリンタである。
それにしても、プリンタと格闘しているセファはかなり面白かった。
久しぶりにツボにはまった。

ついでに、今日は本も読んだので書評も書いておく。
三浦しをん『格闘する者に○』

相変わらずアホなパソコンは「しをん」を「しウォン」と変換する。
いい加減にして欲しいものである。
三浦しをんは『しをんのしおり』以来2冊目である。

相変わらず面白かったです。
題名から格闘モノかと思っていたら、題名はあんまり関係ないところからとられていました。
ある女子大生の就職活動をベースにした話なのですが、登場人物が魅力的で、引き込まれます。
就職試験の面接の場面はかなり笑えます。
あと、作者の少女マンガに対するかなりの思い入れも伝わってきます。

あまり明るい話ではないはずなのに、読むと何故か元気が出てきます。
面白かったです。

4101167516格闘する者に○
三浦 しをん
新潮社 2005-03




4101167524しをんのしおり
三浦 しをん
新潮社 2005-10




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2006年01月24日

さいえんすなせふぁりっく?

今日は書評兼観察日記である。
まずは、書評から。
東野圭吾『さいえんす?』

東野圭吾の文庫書き下ろしエッセイです。
東野圭吾といえば『容疑者xの献身』で直木賞を取ったことと、『白夜行』がドラマ化されたことで今一番ホットな作家と言ってもいいでしょう。
そんな東野圭吾のエッセイです。
小生にとって東野圭吾のエッセイと言えば、『あの頃ぼくらはアホでした』です。
だいぶ昔に読みましたが、アホさ加減がとても面白かったです。
この『さいえんす?』はあれほどアホなエッセイではありません。
むしろものすごく真面目と言ったほうがよいでしょう。
さまざまな事柄についてユニークな考え方で述べていて結構面白いです。
理系の観点から述べられていることも結構多いので、文系の人が読んでみても面白いかもしれません。
小生はこれを読んで、CDショップのHMVの「HMV」が何の略かを知ってへぇ〜と思いました。

と言うことで小生、HMVでクラシックのCDをよく買っているらしいセファに何の略か知っているか問題を出しに行った。
聞いてみるとセファは知らなかったので、そのまま何の略か考えてもらうことにした。
セファが、日本語の略か英語の略か聞いてくるので、本当は英語の略なのだが、日本語の略ですよと答える。
そこでセファは「VはビデオのVかなぁ〜」とか言いながらしばらく考える。
小生は内心「ビデオは英語だろ〜」とか突っ込みながら、セファが無駄な努力をしているのを楽しむ。
そのうちセファはあきらめて「わからないから教えてくれ」と言ってくる。
小生、そこでふと思い出したように、「ごめん、そういえば英語の略だったよ」と何気なく言うと、セファ激怒。
この前の「ホリえもんドラえもんショック」(「ベートーフェンとセファリック」参照)のことも相まって、小生セファにマフラーで首を絞めかけられる。
青い布を見せながら「どうどう」と言うと、セファなんとなく落ち着いたので小生ほっと一安心。
その後、数々の親切な小生のヒントによって何とかセファは正解にたどり着く。
めでたしめでたし。

これを読んでいる皆さんは『さいえんす?』を買って読めば正解がわかりますよ。
東野氏曰く、「この世に新しい本が生み出されるのは、書店で正規の料金を払って本を買ってくれる読者のおかげ」だそうです。
いい本が作られそれを楽しめるために、皆さん本は図書館やブックオフなどではなく、ちゃんと本屋で買って読みましょう。
できれば、小生のブログを通してAmazonで買いましょう。
そうすれば、出版社や作家だけでなく。小生のふところも潤って一挙両得です。

4043718039さいえんす?
東野 圭吾
角川書店 2005-12




4087487857あの頃ぼくらはアホでした
東野 圭吾
集英社 1998-05




今年読んだ本:16冊
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2006年01月23日

風の歌を聴くセファリック

またまた書評だす。
今日は・・・
村上春樹『風の歌を聴け』

この作品は春樹氏のデビュー作らしいですね。
またまたオチも明確なカタルシスもないお話でした。
とは言っても、小生は村上春樹を楽しむための何原則かを会得しているので面白く読めました。

内容についての感想は特にありません。
村上春樹のいいところは、読む人のスタンスに応じた読み方を提供できると言うことですね。
小生のように、ちょっとおしゃれでなんとなく面白い話としてうすっぺらく読むこともできるし、求める人には、ちゃんと深い意味を持った小説として読むこともできるでしょう。
反対側に、乗る人にちょうどいい重さの重りが常に乗っているシーソーみたいなものですね。
と言うことで、内容について深いものを求めていない小生には内容についての感想は特にありません。
ただ、小生最近無性に海を見たい気分なので、海ついての描写が多かったのはよかったです。
さらに海を見たくなりました。

今年読んだ本:15冊

4062748703風の歌を聴け
村上 春樹
講談社 2004-09-15



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2006年01月21日

センター試験1日目のセファリック

昨日の計画では、今日の小生は部屋をぱぱっと片付けて、ぱぱっと洗濯をして実に有意義な一日を過ごすはずでした。
しかし、何か今日はやる気が起きず、だらだらごろごろしたうえにお菓子を食べ過ぎるという、なんともバチの当たりそうな一日を過ごしてしまいました。
今日した有意義なことといえば、たまりにたまった12個の空の牛乳パックを切り開いて捨てるということのみでした。
やる気が起きないのは昨日献血で血を抜かれすぎたせいでしょうか?

そういえば、『白夜行』効果とでも言いましょうか、あっという間にアクセスカウンタが400を超えてしまいました。
もちろんキリ番ゲットのコメントはなく、いつになったら小生のブログはキリ番ゲットを喜べるのでしょうか。
500に期待しましょう。
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扉は閉ざされたままのセファリック

今回の書評は・・・
石持浅海『扉は閉ざされたまま』

このミスステリーがすごいで『容疑者xの献身』に次ぐ2位になった作品です。
内容をひと言で説明すると、バトル小説ですね。
バトルと言っても頭脳戦の方ですが。

このミス1位だった『容疑者xの献身』と同じく、犯人側もそれを追い詰める側も恐ろしくキレる人間で、二人がめまぐるしい心理戦を繰り広げるという内容です。
トリックはもちろん『容疑者xの献身』の方が面白いですが、『扉は閉ざされたまま』は犯人役と探偵役が同じ場所にいて、しかも1夜のうちに決着をつけるので、緊迫感があり心理戦はこちらの方が面白いと思いました。

また、この作品の魅力は「倒叙」なのに「密室」ということです。
「倒叙」というのは、先に犯人がわかっていて、その犯行が探偵役によって暴かれていくというものです。
古畑任三郎をイメージしてもらえばわかりやすいと思います。
一方「密室」は言わずもがなですね。
「密室」の魅力は一般に、「誰が」「どうやって」を解き明かすことにあると思います。
しかし、この作品ではそのどちらも最初の章で明かされてしまいます。
確かに、探偵が「密室」の謎を解き明かす過程を楽しむという趣向もあるとは思いますが、この作品は確実にそうではありません。
密室のトリックは本当にちゃちなものです。
そこで、じゃあ何で密室なの?という疑問が浮かびます。
これは作者の事情を追って行ってたどり着くギモンなのですが、作中の犯人の事情を追って行っても同じギモンにたどり着くと思います。
このギモンがタイトルの2重の意味に関連するのです。
そこらへんに作者のうまさを感じます。

おっと、ミステリの書評なのに書きすぎました。
ネタバレしすぎだーとかお怒りをいただかないでしょうか。
たぶんクリティカルなことは何一つ書いていないと思うので大丈夫だとは思うのですが。
あっ、大事なことを書き忘れました。
「動機」のことなんですが、小生にはちょっと無理があると思います。
物議をかもした横山秀夫『半落ち』の方がまだ納得できたような。
皆さんはどう思うでしょうか?
ぜひ聞かせていただきたいです。

最後にひと言、おもしろいです。
古畑任三郎好きの人や少年漫画の『DEATH NOTE』好きな人は楽しめると思います。

今年読了した本:14冊

4396207972扉は閉ざされたまま
石持 浅海
祥伝社 2005-05




4062751941半落ち
横山 秀夫
講談社 2005-09




4088736214DEATH NOTE (1)
大場 つぐみ 小畑 健
集英社 2004-04-02



posted by Aorta at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月20日

大盛況だよセファリック

「白夜行」関連の記事で今日はたくさんのアクセスがあり、うれしい限りです。
この調子で行けば、今年中にセファのクラシックに関するホームページのアクセス数を抜いてやろうという野望の実現も夢じゃありません。

話は変わって、小生今日は献血に行ってきました。
献血ルームから、1月は血が少ないのでよろしくですみたいなはがきが来たので行ってきました。
最近血が余り気味なのでいい感じに抜いてもらえました。
トマトジュースはもらえませんでした。
ということで自分で買って飲みました。

話は変わって、明日から大学入試センター試験らしいですね。
小生、実は先週がそうなのだとずっと思っていたのでちょっとだまされた気分です。
明日は雪らしいので受験生の皆さんは大変ですね。
小生から受験生にささやかなアドバイスなのですが、キットカットを凍らせて持っていくのはやめましょう。
アイスクリームが好きな人はよくチョコレートを凍らせて食べますが、キットカットだけは凍らすのはオススメできません。
キットカットを凍らすと、硬くなってうまく半分に割るのは難しくなります。
験を担いで持っていったキットカットなのに、うまく割れないで不吉な思いを味わうことになります。
結構凹むので気をつけましょう。
いや、別に小生がそんな体験したわけではないですよ。
そんなセファみたいにドジなこと、小生はしませんよ。
まあ、とにかく受験生のかたはがんばってください。
posted by Aorta at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 観察じゃない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白夜を行くセファリックその2の2

一夜明けて昨日の白夜行についての記事を読んでみると、ちょっとボロクソに書きすぎたかなぁと思ったので少し補足しておきます。

言っておきますが、小生はドラマの白夜行が嫌いなわけではありません。
キャスティングもけっこうおもしろいですし、原作にない魅力を引き出そうと言う努力もひしひしと感じます。
実際、昨日の二人の再会のシーンやその後の犯行を決意する場面なんかはとてもよかったと思います。
昨日も少し書きましたが、こういった原作にない二人の「ふつうの人間らしさ」の部分でいかに見る人を惹きつけられるかが大きなポイントだと思います。
少し後になって雪穂がする行為(ここではあえて何かは言いません)を人間的な雪穂がどう考えて行い、それに対して人間的な亮司がどのように感じるのかなんて、小生にはとても楽しみでもあります。
その辺りで二人に共感できれば、このドラマは原作に負けない魅力を持つ作品になると思います。
これだけの原作を満を持してドラマ化したのですから期待してもいいでしょう。

また、原作は究極的に「救い」のない話です。
少なくとも小生はそう思います。
このドラマの流れで行けばまさか「救い」のないまま終わるとは思えないので、どのようなカタルシスが用意されているのかも楽しみです。
ずいぶん先の話になりますが(笑)

そんなこんなで小生、ドラマ版「白夜行」にはかなり期待しています。
昨日もお腹が急に痛くなったのを我慢して見続けました。
ただ、小生原作にはかなりの思い入れがあるので、気になることを吐き出さないと気がすまないというかなんと言うか。
これからもいろいろ文句みたいなものを言うかもしれませんが、そんなこんなでお許しを。

参考までに・・・
「白夜を行くセファリック」
「白夜を行くセファリックその2」
posted by Aorta at 11:45| Comment(0) | TrackBack(9) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

白夜を行くセファリックその2

「白夜行」見終わって即の更新です。
気合はいりまくりです。

2回目見終わっての感想ですが、いよいよ原作との違和感が大きくなってきましたね。
別に違和感が大きいからダメだと言いたいわけではないです。
原作とまるっきり同じでは映像化する意味ほとんどありませんから。
ドラマの脚本・演出によって原作の魅力が削がれたり、原作にはなかった新たな魅力が出てくるのは当たり前です。
それを総合的にどう評価するかは見る人それぞれの感性が判断することで、絶対的にいいとか悪いとかはないわけです。
それを断った上で小生の意見を述べましょう。

今回のエピソードを見て、小生は、亮司も雪穂も「ふつう」であることに激しく違和感を覚えました。
前回のエピソードでは、かろうじて雪穂だけは自分の判断だけで母を殺す(と言うか無理心中)と言うことをやってのけ、並の人間ではないことの片鱗を見せていました。
一方亮司は一人で部屋の隅っこで震えているだけで何もしておらず、今後の展開として、雪穂が「強い女性」として亮司を引っ張っていく展開になるのかなぁと小生思っていました。
しかし、今回のエピソードでは、雪穂も数々の嫌がらせに対して受身に回るだけで、これといったヴィジョンも見えず、挙句の果てには亮司と再会したときに、大声を上げたり、泣いたりで感情的になって感情的なことをぶちまけるだけでした。
亮司については言わずもがなで、相変わらずヘタレです。
亮司の独白がナレーションではいる部分はすべて言い訳くさいです。
「こうするしかなかったんだ・・・」、「他にどうすることもできなかったんだ・・・」
小生、そんな弱音はもう聞きたくないと何度思ったことか。

こうして見ると、二人ともふつうの人間です。
たまたま罪を犯してしまって、どうしようかとおろおろするだけのふつうの人です。
実際はおろおろするだけではなく、それを隠すためにアクションは起こしているので並みの人間ではありませんが、それでも「ふつう」の範疇を超えるほどのものではないと思います。
そこには、原作にあった圧倒的な「すごさ」がありません。
原作の魅力を「壮大な叙事詩」であると評することが多いですが、ドラマと見比べてみると、そのことが本当によくわかります。
原作は「叙事」すなわち、主人公2人の心情はまったく描かれず、やったことだけが追いかけられるわけです。
心情が書かれていないと言うことはもちろん、自分がやったことに対する後悔や改悛の情は描かれていないわけで、そのことによって雪穂や亮司は、自分達が生き抜くために、むしろ雪穂が生き抜くためといった方がいいかもしれませんが、圧倒的な悪意を持ってさまざまな悪事を犯す人間と言う印象を抱かせます。
つまり、この二人はある意味、人間らしさを持たないモンスターのような感じを抱かせるのです。
そういう意味では、この二人は乙一の『GOTH』の主人公、「僕」と「森野夜」に似ています。
この辺りの感覚は『GOTH』の後書きや、乙一のエッセイ(?)『小生物語』の『GOTH』についての部分を読めばわかりやすいと思います。
とにかく、このような人間はフィクションの世界ではとても魅力的です。
現実の世界で実際に隣にいれば困ったことになるでしょう。
しかし、そのような存在であればあるほどフィクションでは魅力が増します。
それがフィクションの醍醐味のひとつでしょう。

ドラマでは、二人の心情が描かれ、しかも後悔や戸惑いといった心情がメインで描かれているので、二人の特異性みたいなものはほとんど感じられません。
小生が言う「ふつう」とはそういうことです。
また、二人とも少年・少女時代に大きな心の傷を受けるような体験をしているのに、案外真っ当に生きているような気がします。
心情を描くにしても、原作のようにもっと悪意を感じさせてもいいような気がするのは小生だけでしょうか?
また、今回のエピソードが高校時代のものになっていることも二人の特異性を減らす要素になっていると思います。
原作では中学時代のことなので、「中学生でこんなことを・・・」と言う感じを抱かせるのですが、高校時代に移すことで幾分マイルドになります。

ただ、人間のドラマ、純愛のドラマにするには、心情を描くことが絶対条件であることは間違いありません。
心情を描くことによって失う魅力を補って余りある魅力を作り出せるかどうかは、二人の人間的な魅力や二人の愛がいかに共感を得られるかにかかっていると思います。
今回、いいなと思う場面はいくつかあったものの、小生はまだまだ原作の方が面白いと思います。
次回以降に期待です。

参考までに・・・
1回目の感想「白夜を行くセファリック」

今回も長々と。
どうもすいません。
posted by Aorta at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

ベートーフェンとセファリック

小生、今日は本でも読みながら一日のんびり過ごそうと考えていた。
しかし、昼ごろセファからメールが来て、「ちょっとウチまで来いやぁ」と呼び出される。
小生、何をされるのだろうかとびくびくしながらセファの下宿を訪ねる。
行ってみると用事は大したことではなく、小生が先日セファの妹に頼まれて録画したM−1の敗者復活戦のビデオのお礼をくれた。
小生がセファに渡したビデオのタイトルにはM−1ではなくK−1と書かれていたので、中身は大丈夫かと内心危惧していたのだが、どうやらちゃんと録れていた様で小生内心ほっとする。
それはともかく、お礼は某ネズミの王国のヒロイン(ネズミーマウスの恋人?)をかたどったチョコレートだった。
小生チョコレート好きなので狂喜乱舞。
しかし、ひとつ問題があった。
このチョコレート、実物そっくりなのでどこから食べればいいかが難しいのである。
ただのネズミではなく、かなりの程度擬人化されたネズミなので頭から食べるのは少しはばかれる。
かといって足から食べると言うのも、何か逃げているような感じなので小生ためらう。
散々悩んだ挙句、ネズミーマウスには悪いが、腹をくくって頭から食べることにする。
とりあえず、今日は耳の部分を食べた。
ドラえもんの耳をかじったネズミの気分が少しだけわかったような気がした。

それはともかく、今日はライブドアの堀江貴文氏についてセファと語り合った。
セファはテレビも見ないし、新聞も取っていないのでライブドアが捜索を受けた事件について知らなかった。
それをいいことに、小生ホリえもんについてセファにウソをつきまくる。
あまりにセファが信じてしまったのでウソだとは言えなかったのだが、ホリえもんが今年の6月にドラえもんに出演して、「ふつうのポケット〜」から「ひゃくまんえん〜」を取り出す役をやる予定だったというのはウソです。
この場を借りてお詫びします。

それはともかく、今日は海辺のカフカについてセファと語り合った。
どうやらセファは『海辺のカフカ』を一部分読んだことがあるらしい。
セファはクラシック音楽狂いなので、ベートーヴェンの『大公トリオ』についての記述だけ読んだらしい。
小説の一部分だけ読むなんて、何てバチ当たりな読み方なんでしょう。
それはともかく、作中では「百万ドルトリオ」の『大公トリオ』は星野くんによって「優しい感じがする」と評されているが、セファは「百万ドルトリオ」の『大公トリオ』について、「3人の仲が悪そうで、みんな我先にって感じで弾いてて優しい感じはしない」と正反対の評を下していた。(とは言ってもセファは百万ドルトリオは嫌いではなく、むしろ大好きらしい:筆者注)
天下の村上春樹先生に楯突くなんて、何てバチ当たりなセファリックなんでしょう。

それはともかく、今日は最終的には「ベートーフェン」について語り合った。
以前にも少し触れたような気がするが、クラシック音楽の大家Beethovenは、一般には「ベートーベン」だとか「ベートヴェン」だとか読まれているが、ドイツ語の正しい読み方をすると、「ベートーフェン」になるのである。
ドイツ語では、vの発音は英語で言うfの発音になるのである。
例を挙げてみると、ドイツ車の「フォルクスワーゲン」のつづりは「Volkswagen」である。
この「フォルクスワーゲン」も曲者で、ドイツ語のwの発音は英語のvの発音になるので、正しくは「フォルクスヴァーゲン」でなければいけないのである。
まぁ、話がずれてしまったが、ベートーフェンをうそだと思ったあなた、ドイツ語の辞書を引いてみましょう。
セファもそうやって認めたくない事実をやっと認めました。
まぁともかく小生は、調子に乗って「Wien(一般的な呼び名はウィーン)」のことを「ヴィーン」とか書くくせに、その隣で「ベートーヴェン」とか書いている中途半端な事はちゃんちゃらおかしいと思うのですよ。
と言うことで小生、「今世紀中にbeethovenをベートーフェンと読ませよう同盟(略して「ベートーヴェンとは呼ばないで同盟」)」を作ることにしました。
とりあえず作ったものの作った後のことは考えていません。
たぶん放置プレイです。

とまぁ、今日は話題の多い一日でした。
64へぇ。
posted by Aorta at 22:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 観察日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月17日

海辺のセファリック

小生旅から帰ってきました。
予想通りカウンタは300を越えていました。
しか〜し、誰も300踏んだというコメントをしてくれていません。
小生、結構期待してたのに凹みます。
しかし、そんなことで凹んでいても仕方ないので、小生今日も張り切って更新します。

今日は書評です。
お題は・・・
旅のお供として選択した村上春樹『海辺のカフカ』

最近、村上春樹を読む機会が多いです。
別にハマッたわけではないのですが、とりあえず一通りは読んでおこうかなと。

それで、『海辺のカフカ』ですが、なかなか面白かったです。
今回はとりあえずオチはある話でしたし。
とは言っても、相変わらず放置プレイの謎が多すぎます。
まあ、それは自分の頭の中で補ってねと言うことなのでしょうか。
小生、もう慣れたので文句は言いません。

あらすじを簡単に説明しましょう。
物語の中心は香川県高松市です。
小生、高松ではないのですが、香川県に長く住んでいたのでちょっといい気分でした。
しかし、小生香川の扱われ方について少し文句があるので後で詳しく述べます。
あらすじに戻りましょう。
東京の中野区に住む一人の15歳の少年と一人の老人が主人公です。
少年はある理由で家出をし、高松に向かいます。
彼がカフカ君です。
一方老人のナカタさんは、ネコと話せると言う特殊能力を生かして中野区でネコ探しをやっていたのですが、ある事件に巻き込まれた後に何かに導かれるように高松を目指します。
簡単に言うと、カフカ君もナカタさんも自分と世界の関係性を探します。
ついでに、カフカ君は母と姉を、ナカタさんは入り口の石を探します。
二人の動きが直接交わることはないものの、この二人が高松を舞台に・・・。
と言う話です。
時たま舞台は高知に移動します。
春樹、四国プッシュです。

ここで小生、春樹の四国に対する姿勢を問いたい。
小生ずっと思っていることなのだが、春樹氏にかかわらず、関西から東に住む人は、四国のことをひとつだと思っているのではないのだろうか?
『海辺のカフカ』を読んでみると、「四国の高松」と言う言葉が多く出てくる。
もっと端的に言うと、「四国」、「高松」と言うワードはたくさん出てくるのだが、「香川」と言うワードがほとんど出てこないのである。
春樹氏は高松も松山も高知も徳島も香川も愛媛も一緒だと思っているのではないのだろうか。
小生が狭量だからかもしれないが、小生は四国の他県を仲間だと思ったことはない。
愛媛県も徳島県も岡山県もポジションとしては同じで、ただの隣県でしかない。
昨年、徳島に「徳島ヴォルティス」というJリーグチームが四国で初めて誕生したが、小生応援する気にはほとんどならなかった。
たぶん香川県民のほとんどはそんな感じでしょう。
香川県には香川県のアイデンティティーがあり、それは愛媛や徳島や高知のそれとはまったく異なったものである。
将来的にはどうかわからないが、少なくとも現在では四国としてのアイデンティティーはそれらに比べて圧倒的に小さいと言わざるを得ないだろう。
小生、ここらで声を大にして言いたい。
「四国はひとつではない!」

ちなみに、『海辺のカフカ』では「(香川県の)となりの愛媛県や高知県」と言う記述が見られた。
言っておきますが、高知は香川と接してない!
「となりの」が愛媛県だけにかかっているのであれば許せるのだが、ここは誤解されないためにも高知ではなく、徳島とするべきでしょう。

話が大きくずれてしまいましたが、『海辺のカフカ』面白かったです。
小生が一番ウケたのは、カーネル・サンダーズ(ケンタッキーのおっさん)の格好をしたおっさんが、名古屋から来た星野と言う青年を「このメッキしゃちほこボケ」と罵る場面です。
爆笑しました。
ちなみに別の場面では「ふぬけういろう野郎」と罵っていました。
こちらも爆笑しました。
春樹氏は名古屋に何かうらみでも持っているのでしょうか?

そういえば別件ですが、先日ここで紹介した(記事ページ「死神と容疑者とセファリック」)東野圭吾『容疑者xの献身』が直木賞を受賞したようです。
おめでとうございます。

今年読んだ本:13冊

4101001545海辺のカフカ (上)
村上 春樹
新潮社 2005-02-28




4101001553海辺のカフカ (下)
村上 春樹
新潮社 2005-02-28




ついでに・・・
4163238603容疑者Xの献身
東野 圭吾
文藝春秋 2005-08-25



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2006年01月15日

旅に出るセファリック

小生、今日から数日間旅に出ることにします。
帰ってくるのはたぶん火曜の夜です。
それまで更新はありません。
いないと思いますが、もしかして小生のブログを楽しみにしてくれている人がいたら、すいませんがしばらく待ちましょう。
ちなみに旅のお供は村上春樹『海辺のカフカ』です。
帰ってきたらたぶん感想書きます。

ここからが本題なのですが、もう少しで小生のブログも300HITしそうです。
最近はやたらカウンタの伸びがよくて、小生びっくりしています。
誰かに嵌められているのかと思ってしまうほどです。
このままのペースでカウンタが進めば、小生が帰ってくるまでに300に到達しそうです。
今度こそは自分で踏まずにすみそうです。
ということで、300を踏んだ人はぜひとも何かコメントを残していきましょう。
300を踏んだ人にはもれなく賞品が・・・まぁ、ないですね。
まっ、とにかくコメント期待していますということです。

では、小生旅に出ます。
ごきげんよう。
posted by Aorta at 11:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 観察じゃない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

山ん中のセファリック

今日2回目の書評です。
今回は・・・
舞城王太郎『山ん中の獅見朋成雄』

これを読むのは今回で確か3回目です。
新書版で先月発売されたので買って読んでみました。
3回目読んでもやっぱり面白いです。
舞城作品の中では1,2を争う小生の好きな作品です。
ちなみにこれと1位を争っているのは『熊の場所』です。
両者とも、過激な舞城作品にしてはバイオレンスが少なめ(あくまでも少なめです。決してないわけではありません。他の穏やかな作家さんの話に比べれば多いくらいです)で、読みやすいです。
まさに、舞城作品への入門といった感じです。

で、話の内容ですが、主人公は背中に馬みたいな鬣(たてがみ)を持つ中学生の獅見朋成雄(シミトモナルオ)です。
彼はオリンピックに誘われるほどの足の速さの持ち主なのですが、それを蹴って近所に住む変人の書家、杉美圃大寛(すぎみほたいかん、通称モヒ寛)に書を習い始めます。
そんなある日、モヒ寛が家の裏山で大怪我をして・・・というところから物語は急展開を始めます。
舞城独特の語り口と、物語のファンタジー性が絶妙にマッチしていい味を出しています。
ファンタジー性と言っても、これはおとぎ話っぽいと言うことではありません。
ある意味おとぎ話なのですが、どっちかというと非現実性といった方がいいかもしれません。

阿修羅ガールの森の描写でも少し思いましたが、舞城氏は『となりのトトロ』が好きなんでしょうか?
『山ん中の・・・』でも、森のトンネルを抜けて秘密の集落にたどり着く場面があります。
思いっきりトトロのイメージじゃないかと小生思うのですが。

あと、この物語を大きく印象付けるのが擬音語です。
墨を磨る音、かみそりが肌をなでる音。
まさに舞城ワールド炸裂といった感じです。

ここまでいろいろ書いてきましたが、実は小生、この物語の大きなテーマについてまだ何も触れていません。
基本的には、成雄君の成長というか、自分とは何かみたいなものがテーマだと思うのですが、別に小生が触れていない大きな要素があります。
ここで小生がそれについていろいろ書いて先入観を植え付けてしまっても興ざめなので、何も書きません。
興味のある人は自分で読んでみましょう。

4061824678山ん中の獅見朋成雄
舞城 王太郎
講談社 2005-12




4061824074熊の場所
舞城 王太郎
講談社 2004-12-07




4101186316阿修羅ガール
舞城 王太郎
新潮社 2005-04




今年読了した本:11冊

ただ、やっぱりちょっと書いておきたいことがあるので隠して書いておきますね。
すでに読んだことがある人、もしくはまったく読む気がない人は別に読んでもおっけーですよー。
続きを読む
posted by Aorta at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

回転木馬のセファリック

今日は久しぶりの書評です。
今日読んだのは・・・
村上春樹『回転木馬のデッド・ヒート』

タイトルに魅かれて買いました。
小生このようなアンバランスなタイトルに弱いです。

この本は春樹氏曰く、小説でもなく、ノンフィクションでもない、事実を基にした言わば「スケッチ」とでも呼ぶべき話の集合体です。
春樹氏がそのことについて前書きで長々と言い訳のようなことを書いているのですが、この前書きは理屈っぽくて、はっきり言って読むのがめんどくさくなる文章です。
気の短い人が読むと、「もうこれが小説じゃないのはわかったし、あなたの心の問題は僕にはどっちでもいいから早いとこ本編始めてくださいよ」と思うに違いありません。
一応書いておくと、小生はこんな風にはおもいませんでしたよ。
小生は気が長いですし、一人称は「僕」ではなく「小生」なのでまるっきり違いますね。

それはともかく、内容はなかなかよかったです。
まぁ、例に漏れずオチのない話の連発なのですが、なんと言うか、ちょっと不思議もしくは面白い体験をした人の話をうまい聞き手が聞いて、うまくまとめたという感じの作品です。
これはまさに、さっきの無駄に長い前書きに書いてあったことなのですが、春樹氏は人の話を聞くのがうまいのだと思います。
小生も人の話を聞くのは好きなので、この前会得した村上春樹を楽しむ何原則かを守ればとてもいい読書になりました。

小生は、「プールサイド」・「雨やどり」なんかがそこはかとなく気に入りました。

今年読了した本:10冊

4062749068回転木馬のデッド・ヒート
村上 春樹
講談社 2004-10



posted by Aorta at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

白夜を行くセファリック

ドラマの白夜行を見ました。
小生、白夜行は刊行直後に図書館で借りて読み、その後、中学生だったにもかかわらずなけなしのお金でハードカバーを買ったほどの思い入れのある作品です。
そんな作品がドラマ化されると聞けば、これは観ないわけにはいけません。
ダヴィンチの今月号に作者の東野圭吾と主演の綾瀬はるかの対談が載っていて、結構東野圭吾が好意的だったのでそれなりには期待していたのですが、1回目を見てみて小生には違和感ばかりが残りました。
小生、もともと白夜行はドラマ向きの話ではないなと思っていたので批判的なスタンスで見たせいかも知れませんが。

具体的にどこが気に入らなかったかと言うと、
・冒頭のシーンがイメージとまったく違う
・亮司のキャラクター
・ミステリー的要素皆無
・舞台は大阪?
といった感じです。
まず、冒頭のシーンですが、原作のラストシーンを冒頭に持ってきた手法のいい悪いは置いといて、このときの亮司と雪穂の絡みが小生には違和感が大きかったです。
小生が原作から読み取った亮司・雪穂の性格からすれば、ここでは二人が視線を合わせるはずがないんです。
二人は究極的に接点を持たないように生きてきたはずで、その最後の仕上げと言うべき死別のときに誰が見ているかわからないところで長々とお互い見つめあったりするはずがありません。
実際、原作では亮司は何もしゃべることのないまま即死してしまうし、雪穂は「あんな人は知りません」と言って去っていきます。
昨今の純愛ブームでこのドラマも純愛路線で押そうとしているのか、最後の瞬間に未練たらしく愛情を示そうとしているのかも知れませんが、小生に言わせれば、そこは知らないフリをするほうが二人にとっての純愛ではないかと思います。
今までそうやって生きてきたわけですから、最後の瞬間にそれを覆すようなことをしてしまえば、それまでの人生を否定することになってしまうのではないかと小生は思うわけです。

まっ、冒頭のシーンはこれくらいにしておいて、次は亮司のキャラクターです。
まず、外見的に言うと、小生のイメージよりぽっちゃりしすぎです。
何か気が抜けてしまいます。
あと、性格も軽すぎです。
後々にすることから考えても、もっと暗いというか、クールという感じのほうがしっくり来ます。
さらに、雪穂との関係性も小生には違和感が大きかったです。
このドラマでは雪穂がほぼイニシアティブを握っているように描かれていて、亮司はほとんど何もしていないのですが、小生はイニシアティブは半々もしくは亮司の方がちょっと大きかったのではないかと思います。
これは特に理由があるわけではなく、ただなんとなくですが亮司はもっと強いし、できる子だと思います。
この関係性は『白夜行』の主人公2人というよりは『幻夜』の主人公2人の関係性です。(一応補足しておくと、『幻夜』も東野圭吾の作品で、雪穂によく似た女性が出てきます。)
これは亮司のことではなく、雪穂のことですが、雪穂が極端に美化されているような気がします。
雪穂をよく見せるために必要以上に雪穂のお母さんを悪く描いたり、雪穂がお母さんを殺す場面で自分も自殺しようとしたり。
特にお母さんを殺す場面が心中になっているのは小生がっかりです。
原作での「鈴」の名シーンが削られていて小生へこみました。

次、ミステリー要素皆無です。
最初から原作では重要なファクターだったものがぼんぼん出てきます。
笹塚刑事も1話目にして核心を突くことをぼんぼん言っています。
やはり純愛ブームに乗って純愛ドラマにしようとしているのでしょうか。
まぁ、キャストから言っても「セカチュー」の二人を持ってきていることからもそれは明白でしょうか。
これからミステリー要素がちゃんと出てくるのかは要チェックです。

最後に、舞台はどこだ?です。
原作では大阪です。皆さんこてこての関西弁をしゃべります。
ドラマでは関西弁をしゃべるのは武田鉄也演じる笹塚刑事と雪穂の義母だけです。
他の皆さんはきれいな標準語をしゃべっていました。
何て中途半端なんでしょう?
警察の皆さんも皆さん標準語だったところを見ると、舞台は東京なのでしょうか?
東京であるとすれば、武田鉄也が下手な関西弁をしゃべる必要はないわけで、謎は残ります。
もしかしたら、これがドラマ版白夜行のミステリー的要素かもしれません。

そんなこんなでボカスカジャンに言ってしまいましたが、面白くなかったわけではありません。
ただ小生には気に入らないことが多かっただけで、もとがいいのでもちろん面白いです。
皆さん、来週も見ましょう。
そして、小生は来週もどうでもいいことに噛み付いているでしょう。

4087474399白夜行
東野 圭吾
集英社 2002-05




4087746682幻夜
東野 圭吾
集英社 2004-01



posted by Aorta at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

毒舌炸裂セファリック

小生、ネタを探していたらいつの間にかセファの家にたどり着く。
しばらく無駄話をしていると、セファが「そういえば針井さんの映画を見たよ」と言った。
針井さんについては『針井さんとセファリック』を参照。
しばらく針井さんについて議論していると、セファが突然「あれって第5話で終わりやろ?」と聞いてくる。
どこでそんな情報を仕入れたか知らないが、「6話が今年中に出るよ」と言ってやると、「えぇ〜、いつまで続くの?僕はいつまで針井さんを見続けないといけないん?」などという。
セファは針井さんの話は1話と4話しか見たことがないらしいのに、こんなことを言ってなんて生意気な子なんでしょう。
セファは他にも「(キテレツの)コロ助なんかただのごくつぶしだ。いないほうがましだ」などとと言っていた。
世の針井さんファンやコロ助ファンを敵に回すような強気な発言ですが、小生は針井さんやコロ助大好きです。
今晩セファの夢枕に針井さんやコロちゃんが立っても、小生には関係ありません。
posted by Aorta at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 観察日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

砂漠に雪を降らせるセファリック

またまた書評です。

今回読んだ本は・・・
伊坂幸太郎『砂漠』

年末から年始にかけて小生が一番読みたかった本です。
伊坂幸太郎の前作『魔王』は、ケチな小生にしては珍しくハードカバーなのに買ってしまったのですが、新作砂漠はしばらく迷って買っていませんでした。
そのまま年を越してしまったわけですが、偶然にも帰省していた小生の兄貴がなぜか持っていたので貸してもらって読んだ次第です。

相変わらず伊坂幸太郎らしい楽しいお話でした。
仙台を舞台に、5人の大学生がいろいろな事件に巻き込まれたりしながらすごす大学生活を描いた青春小説です。
小生は平凡かつ平板な人間なので、西嶋のように自分勝手でアクが強いけど、何か憎めないといったような人間にあこがれてしまいます。
語り手は北村ですが、小生にとっては主人公は間違いなく西嶋です。
「チルドレン」の陣内さんに通じる魅力があると思っていたら、家裁の調査官と来て、なるほどと思いました。(意味不明な人は『チルドレン』よみましょう)
小生、無駄に賢そうなこと言うのはやめにすることにしました。

作中でマージャンがしばしば描かれていたのですが、小生マージャンはわからないのでそこは残念でした。
ちなみに、作中でボーリングも結構重要な位置を占めていますが、最近小生が「ボーリング行こうぜ」などと言っているのはこの影響です。
なんてことは、まるでない。

それはともかく、雑誌『papyrus』で伊坂幸太郎特集が組まれていました。
伊坂幸太郎入門にはうってつけなので、まだ読んだことない人はぜひ本屋で立ち読みしましょう。
そして小生のブログを通してアマゾンで伊坂幸太郎の本を買おう!

それはともかく、ダヴィンチの1月号によれば今年は伊坂幸太郎がバシバシ新刊を出す予定らしいので皆さん期待しましょう。
『陽気なギャングが地球を回す』の第2弾も出るそうなので皆さん楽しみにしましょう。
さぁ、皆さんご一緒に・・・「ロマンはどこだ」
わからない人は『陽気なギャングが地球を回す』を読みましょう。

4408534846砂漠
伊坂 幸太郎
実業之日本社 2005-12-10




4062124424チルドレン
伊坂 幸太郎
講談社 2004-05-21


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4396207557陽気なギャングが地球を回す
伊坂 幸太郎
祥伝社 2003-02




posted by Aorta at 23:50| Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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